2008年12月31日

印度世界遺産紀行K

 飛行機で移動ということで朝は早い。昨日も書いたが、この行程は無理があり、コルカタには来なくても良かったと思いながら準備をした。朝食は食べる時間がないので、お弁当。昨日の夕食から考えても、朝はここで食べたかった。
 ところで今日は2008年最後の日。この一年間曲がりなりにも生きてこられたことに感謝。
 国内線の移動なので、また荷造りが大変だった。とりあえず電池類はすべてしまった。入口でまたチェックを受けて入る。今度は誰の荷物も引っかからなかったようだ。ボディチェックも簡単だった。その上に、リュックの水も無事に通過した。これで2勝1敗。
 しばらく待つことになるのだろうからと、お弁当を開いたが、あまり食指の動くものではなかった。
 7時の予定が、6時半には搭乗開始というので、びっくり。それから少し遅れて19分に離陸。やはり定刻出発は難しいか、などと思っていると、どうも電気の状態が良くない。そのうちガガガーと変な音もするようになった。どうしたんだろうと思っていると、離陸したはずなのにどんどん降下して、結局着陸した。それまで何の説明もない。最も説明されて不安感を抱くよりは良かったかもしれない。
 とりあえず修理するということらしいことがわかってしばらく機内待機となった。
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2008年12月30日

印度世界遺産紀行J

 日付が変わった頃添乗員さんから連絡があった。やはり4時間遅れ到着するらしいということで、とりあえず駅へ向かうことになった。用意をしてホテルを出た。
 外はかなり寒いので、たくさん着込んだ。
 駅へ着いてびっくりした。こんなに遅い時間なのに、駅は人出あふれかえっていたのだ。勿論列車を待っている人が多いのだろうが、そうとは思えないような人もたくさん見かけられた。つまり、駅舎がねぐらになっているのだ。わずかに人が通れるくらいのスペースを残して、人々がびっしりと横になって寝ている。駅にはドミトリーもある。
 しばらくバスの中で待っていると、ようやく列車が来そうだというので、ホームへ行った。が、実際には、そこでもしばらく待つことになった。
 ふきさっらしのホームにも寝ている人がいた。
 ようやく列車が着いたのは、3時15分。我々が駅へ着いてから、実に2時間半も経っている。寒かったぁー。
 急いで乗り込む。我々の番号は5・6というのは三段ベッドの上と中になる。60歳以上は上には乗せないと聞いていたのだが、席が取れなかったのだろうか。何しろ、インドの列車は座席を取るのには名前をきちんとわかってからでないと取れないと言うことだ。皆がバラバラの席なのも、はっきりわかった人から席を押さえたから、と言っていた。つまりはキャンセルが出来ないと言うことなのだろうか。でも、前回の時に、我々はキャンセルしたのだが。
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2008年12月29日

印度世界遺産紀行I

 日本では一昨日あたりからふるさとへの帰省ラッシュが始まっているらしい。しかしながら事故や大雪の影響だろうか、JR東日本の新幹線は始発から動いていないという。昨日も相当乱れたようだ。これを書いている時間は日本時間8時過ぎ現在。さぞや混乱していることだろう。
 さて印度の我々の今日の日程は260kmの大移動が最初にある。予定では5時間半くらいかかるとのことだ。ということで8時とやや早めの出発となった。
 それでも早起きの我が家にとってはどうということのない時間だ。
 これから260kmの長旅に出る。気温は23度前後。寒い中の出発だ。
 整備された高速道路など無い中を、突っ走る。ただ、高速道路ではないのだろうが、バイパスのような道があって、そこは結構走れるので、運転手さんの腕に期待。
 出発して直ぐにバラナシ駅を通過。洒落た作りの駅だ。この頃になると学校へ行く子供や働いている大人を見かけるようになる。
 ガンジス川は今日も霧の中で視界がはっきりしない。
 テントで生活している人たちもいた。季節労働者だという説明だったが、やけに子供の数の多さが目に付いた。
 レンガ工場や畑の中のかかし、列車などを見ながら、車は快調に飛ばし、トイレ休憩となる。綺麗なホテルの食堂で、台湾の人の集団と一緒になる。この人達の中に、僧が一人混じっているのを見ると、単なる観光ではないのかもしれない。ここで現地のお菓子などを食し、お土産の参考とする。
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2008年12月28日

印度世界遺産紀行H

 朝はやっぱり早起き。それから、朝風呂に入る。どうも夕方はお湯が出ずらい。皆一斉に使うせいかもしれない。朝は熱いくらいのお湯が出るので、快適だ。
 今朝は朝食前にガンジス川へ行き周辺の散策もする。寒さ対策をばっちりして出かけた。
 今朝はリキシャではなくバスでガンジス川に向かう。朝早いせいか道は昨日とは打って変わって閑散としている。これなら大丈夫だ。快調に走っていった。
 前回の時には、沐浴へ向かう人であふれかえっていた道も、今日はそのような人を殆ど見かけない。理由を尋ねると、寒いのでもっと暖かくなってから来るのだそうだ。
 時間調整と暖をとるために、夕べと同じ店で、またチャイを飲む。
 その後、ダシャーシュワメード・ガートから舟に乗ることになる。付近には夕べの名残がまだ残っている。大きな取水塔?にはラクシュミーとシバ神の絵がいっぱいに描かれていた。シバ神の頭部には、ガンガー降下の場面がある。(天界から落下する激しい水流をシバは頭髪で受け止め、ガンガーは地上に降りてきた。)
 舟に乗って川を上ったり下ったりしても、殆ど沐浴をしている人を見かけなかった。確かにこの寒さでは二の足を踏むのだろう。日本のような寒行というような風習はヒンディーにはないのだろうか。おまけに霧が深いということもあって、見通しもあまりよくない。残念。
 やはり物売りの船が近づいてくる。同乗の人が、花の舟(灯籠)を買った。そしてそれに火を付けて流した。
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2008年12月27日

印度世界遺産紀行G

 今日は午前中はのんびりと自由時間ということで、モーニングコールは無し。と言っても我が家はやっぱり早く起きてしまう。7時からの朝食開始も一番に到着。軽く食べる。
 この後、我が家はオプションでカジュラホの南群を見に行く。ガイドさんは昨日と同じ人だ。あとから地図を見ると南群と東群は近い。まぁ現地ガイドさんの小遣い稼ぎのような感じもする。
 南群にはただ二つのヒンドゥ寺院が残るのみである。
 最初に、チャトルブジャ寺院へ。12世紀のもの。チャンデラ王朝の時代。このチャンデラには次のような話がある。ある時、バナラシの王の娘が、誰もいないと思って沐浴をしていると、実は月の神が見ていた。月の神は娘の所へ下りてきて一晩愛し合った。朝になり月の神が戻るというので娘は怒ったがどうにもならない。やがて娘は男の子を産んだ。その子はチャンドラバルマンと名付けられやがてカジュラホを治める王となった。という、その人の寺院がここというのがガイドさんの説明。
 少し資料などから補足すると、『ヨーロッパで民族大移動が起こった3世紀以降、インドにも様々な民族が押し寄せた。多くの血が混ざって生まれたのがラージプートの人々だ。9世紀、カジュラ(ナツメヤシ)の地にやってきたラージプートの一派は月の神チャンデッラを名乗り、チャンデラ朝を打ち立てた。』という辺りの話ではないか。月の神という男は王族で、女は地元豪族の娘といった感じだったのではないのか。
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2008年12月26日

印度世界遺産紀行F

 今日は仕事納めの日。それは本来は28日があるが、27・28が土日にあたり、今年は今日で仕事納めとなる。片付けものなどを私の部屋ではしているのだろう。早めに休暇に入ってしまった身としては、何か申し訳ない気がしてくる。
 さてオルチャの朝は冷え込んでいる。一晩中心細い割には音が大きな電気温風暖房機が唯一の暖を取る手段だった。目が覚めても布団から抜け出せないままにいると、明け方アザーンが聞こえた。イスラム教徒が多い街と言うだけのことはある。
 起きてから昨日お湯がぬるくて風呂に入れなかったので、試しに出してみると十分に熱いお湯が出るので、朝風呂に入った。それから食事に行き、朝食を済ませてから建物の外庭へ出てみた。ホテルの建物はロの字型に作られている。炉の字の一辺一辺の中央にはホテル外壁に通じる切り込みがあり、そこから四方の風景を眺めることが出来た。それらからは、いくつかのチャトリ群が一望できた。朝焼けと朝靄に包まれたその光景は絵画的であった。
 今日は今回のコースのメーンの一つにもなるだろう、カジュラホに行く。カジュラホまでは175km、4時間から4時間半かかる予定になっている。
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2008年12月25日

印度世界遺産紀行E

 連泊だったが今日は出立の日。朝起きたら直ぐに荷物の整理をした。実は今回荷物は意外と少ない。成田空港のカウンターでも楽勝でに二人合計40qの制限を下回った。いつもはギリギリと言うところなのだが。したがってぎゅうぎゅう詰める状態でないので、パッキングの時間も少なくてすむ。
 朝食は昨日と同じ所なので、昨日と同じ状態を期待して行ったのだが、まだ準備が出来ていなかった。仕方なく外で時間をつぶしてから行ったがまだ。三度出直してようやく食べることが出来た。と言っても、昨日のようにトーストやオムレツなどを焼く人がおらず、あり合わせで済まそうかと思っている頃、ようやくトーストとお好み焼きのような物だけは揃えることが出来た。昨日は他に外国人の団体が入っていたので、そちらの方が出発が早く、それに併せてレストランの動きが早かったのかもしれない。
 ホテルのロビーやガーデン、玄関はけっこう大騒ぎだ。昨日のクリスマスイブのパーティー客が帰るのと今日の結婚式のための客が入り乱れている感じだ。既にパーティーの準備が進んでいる。このために朝食の手がそがれた感じだった。
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2008年12月24日

印度世界遺産紀行D

 朝はいつもの通り、早めに起きて身支度。その後朝食会場へ。時間的にはそう早いことはなかったのだが、まだ準備段階だった。それでも我々よりも早い外国の人がいたので、食べられないことはないようだ。
 トーストを焼いて、オムレツとお好み焼きのような物を焼いてもらった。言葉は通じないので、お互いに身振り手振りで話した。結構通じる物だ。
 出発は予定よりやや遅れ目。今回は人数が少ないということもあるのだろうけれど、結構時間にルーズな点があり、予定通りということはこの後あまりない状態が続いた。
 1時間ほど走ってから、トイレ休憩となった。目的地は直ぐ目の前なのだけれど、そこにはトイレがないということでそうなった。ここで今度はjunが大失敗をやらかした。トイレのちょうど水だまりの所に腕時計を落としてしまったのだ。せめて周りに落ちてくれれば拾えた物を・・・。
 そこは踏切に接したところだったので、列車が通るたびに何人かが大騒ぎしてカメラを向けていた。踏切はいつまでしまっているのか全くわからないのだけれど、車は皆おとなしく待っている。ただ、人は様子をうかがいながら遮断機を挙げて通り抜けていった。列車が通り過ぎてしばらくしてから、何の前触れもなく遮断機が上がった。
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2008年12月23日

印度世界遺産紀行C

 朝はいつものようにモーニングコールよりも1時間ほど早く起き、健康チェックをしてから、荷物の整理をした。初めて列車に乗るので、少しだけそれ用のおやつなどを手荷物にした。
 朝食を済ませてから出発の用意をしてロビーへ降りていった。
 出発は早いので、まだ外は真っ暗だったが、ドアマンの人はちゃんと身だしなみを整えていたので、一緒に写真に写ってもらった。
 バスはほぼ定刻に出発した。途中で、少しずつ夜が明けてきた。どこで見ても太陽は真っ赤で変わりはない。
 しばらく走ってトイレ休憩。勿論チャイを飲む。そこに牛がいた。この辺りの牛は、祀りように角をいろいろな色に塗っている。
 ここまで車は順調に走ってきたようだ。聞けばアジャンタはもう近いという。。
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2008年12月22日

印度世界遺産紀行B

 2時過ぎにjunがトイレにゆく。そのこともあって朝というよりは深夜2時半過ぎにnoriは目を覚ました。仕方のない性分だ。もっとも昨晩は9時過ぎには寝てしまったのだから、まぁまぁという感じだろうか。junも起きてきて、日記を書き始めた。noriは今日の予習。その後また洗濯をした。昨日の感じで一日あれば乾くと判断したからだ。
 その後、納豆汁を飲んでから6時45分くらいにレストランへ行く。未だ準備していて、全て揃っているわけではなかった。7時を越えて食べていたが誰も来ないので部屋に戻る。
 実は今日の出発は9時と比較的遅い。その分のんびりは出来る。明日は早いので、少しその準備をしたり、またまた洗濯をしたり、それから少しうとうとして、時間までを過ごした。
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2008年12月21日

印度世界遺産紀行A

 例によってnoriは3時過ぎには起きた。インターネットの端子があったので接続すると、1時間325R一日925Rとあった。だいたい金額は2倍すれば邦貨になる現在のレートだったので、結構高め。あきらめる。仕方なく、日記を完成させる。今朝の出発は飛行機が出るということで、早い。日記を完成させた後、5時半過ぎに荷物を部屋の外に出してから、朝食をしにレストランに行くと、朝食は6時半からだという。添乗員さんが5時45分から簡単な食事をさせてくれるという話だったと言うが、取り合ってくれない。今はアラカルトでしかだめという。勝手に食べてしまうと面倒なので、退散して帰ろうとすると添乗員さんが来た。彼女はこのデリーに家があるので、昨日は帰宅していたのだった。どうも結果的には、彼女が昨日リクエストしておいたことが伝わらなかったらしい。まぁ少し時間がかかったけれども、朝食に無事にありつくことが出来た。
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2008年12月20日

印度世界遺産紀行@

 朝7時と決めていたが、案の定少し早めの出発となった。早いと言うが、普段は6時半過ぎには仕事に出ているから、普通とそう変わりはない。スカイライナーは今回も前日にam/pmで取っておいたので、あわてる必要はなく、日暮里で用を足すだけの時間があった。成田まではjunは熟睡。noriは4席を確保してゆったりと来た。
 空港に到着してみると、まぁまぁの人出のように感じた。前日に送っておいた荷物を取って、集合場所に行く。今回は一週間位前の夜遅く電話がかかってきて、「添乗員は成田からではなく、デリーの空港到着時から」と変更になったことを告げられた。一応急に病気になったと言うことのようだが、一週間も前からそんなに調子よく病気になるわけもないだろう。だからその時に、きっとツアー客の誰かがキャンセルしたのだろうと、そしてその対策だろうと思っていた。
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