2011年03月26日

大地震と津波と原発事故と

 東京での揺れは、大きかったともいえるし、小さかったともいえる。
 普段の経験からすれば大きかったし、より震央に近く、直接的なあるいは津波による二次的な災害に遭った人に比すればささやかな揺れであったともいえる。ちょっと部屋が散らかったくらいで、被害もごくごく小さかったといえる。それ以降につながる原発事故を含めなければ、被害はほとんど皆無であったと言ってよい(最近天井がミシミシ時々言って、天井材の接着剤が剥離しかけているんどえはと心配はしているが)。

 この未曾有の災害には、悲しいことがさらに輪をかけた。原発事故だ。

 このことについて少し書きたい。

 多くの報道が、政府や自治体の言い分を鵜呑みにして、瞬間的な被爆総量と、時間あたりの被曝量とをごちゃ混ぜにして報道している。このことについては、どうしてなのかという疑問というか怒りを持っていた。最近学者の方で、同じ趣旨で警鐘を鳴らしている方を見つけた。中部大学の武田邦彦と言う方だ。この方のブログを見ればそのことがよくわかる。

 詳細はこの武田教授の説明に譲るが、このような一見して自明な、素人の我々でも気がつくことを、まことしやかに説明あるいは報道している人々の危険を言いたいのだ。

 もちろん、東京が危ないなどと言えば大パニックになることは必定だろう。しかしながら、げんに迫り来る危機について、報道機関などが警鐘を鳴らさないのは、もはや戦時下の国家統制的な様相すら感じる。

 今東京が危ないと言っているわけではないが、例えば福島県の飯舘村という福島第一からは40キロ弱離れているところでは、平成23年3月26日20時現在9.16マイクロシーベルトという値を示している。ちなみにそのころの東京は0.12です。3月15日以降に値が高くなったときでも、東京は0.9には達しなかった。それで一大騒ぎになった。さらに言えば原発の北西約30qつまり避難するかしないかぎりぎりの場所で実に80を超える値も観測している。

 ちなみに一年間の許容量は1000マイクロシーベルトと国は定めているようで、半日程度でその許容量に達してしまう計算になる。一週間過ごせば、実に15年近くの被爆をすることになる。(この計算をすれば、少なくともこのままの状態が続くとすれば法定値ぎりぎりに東京があることがわかる。元々たぶん法定値はかなり余裕を見込んでいるだろうから、だから今直ちにということにはならないだろうけれども。)

 かような深刻な事態である現実をどうか見据えてもらいたい。

 一日も早く、東北や茨城の被災者の心が癒やされ、美しいきれいな茨城東北がよみがえることを祈っている。
posted by honkawa at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 2010在東京

2011年03月19日

新宿御苑散策

 先月は千葉勝浦のひな祭りを見に出かけて、かろうじて我が家の毎月どこかへ、という目標が続けられたのだが、今月は更に窮地に追い込まれた。というのも、出かける予定の前日に、東北関東大震災が起こったためである。
道路も交通網も切断、物流もストップという状況の中ではキャンセルせざるを得なかった。
 このままではこれまでの記録が途絶えてしまうという窮余の策として選んだのが「新宿御苑」。交通の心配なく出かけられるのは、ここくらいしか見当たらないのだ。
 候補にあがった吉野梅郷は、行くだけ行けても帰りの電車の保証がない。昭和記念公園は、地震の影響で閉鎖。
 計画停電の影響で、未だに交通網はずたずただ。施設もあちこちで閉鎖や営業時間の短縮が行われている。西日本方面へは何とか行けそうだが、家のことも心配だし、また遠出する気力もない。
 こうした事情の元でこの新宿御苑と相成ったわけだが、これを連続の切り札として入れていい物かどうかは異論もあろうかと思われるが、日本観測史上初という巨大地震ということを鑑みて、許してもらおう。
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posted by honkawa at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2011国内旅行