2011年07月24日

中国交通問題(1)

 中国での列車事故が大きく報道されている。

 今回中国山西省と河南省を旅行したがその知見から、3回に分けて書きたいと思う。

 再一回目はバスの事故について。

 リンクがいつ切れるか分からないので、複数同じ内容のものを掲載する。
  http://www.asahi.com/international/jiji/JJT201107220116.html
  http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=53012&type=1&p=3&s=no#t
  http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=52980
  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110722-00000112-jij-int

 実は中国では夏場、バスの炎上事故が絶えないという。山西省の現地ガイドの話によれば、夏場はよくあることなのだそうだ。色々憶測されてはいるが、基本的に過積載問題もあるが、人数の超過が直接の原因では無いだろう。過積載など日常茶飯事の国だ。
 問題は能力以上の運行にあったと思われる。中国通の人によれば、中国では「この車は高速道路では使えません」とクレジットのついた車が売られ、かつそれが高速道路を走っているという。

 路線バスでも同様だ。
  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110609-00000044-scn-cn

 例えば、yahooで「中国 バス 炎上」と検索すると、ぞろぞろそうした事例が見つかる。

 だから、今回の事故も可燃物を乗客が持っていたなどと言うのは、たぶんでっち上げでしか無いだろう。中国のバスは夏場しばしば後部エンジン部分が爆発するのだ。

 原発事故を起こしてしまった日本人として、中国には安全性などという言葉は無いなどと言う馬地蔵言は決して言えない。しかしながら、日本と同じかそれ以上に安全性は軽視されていると言うことは事実だろう。
  
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2011年06月05日

ようやく「ライラック祭りの札幌」完成

 ちょっとしたきっかけで、札幌に三泊四日で行ってきました。

 久しぶりの札幌、二年くらいご無沙汰でした。記録を見ると、2009年の5月末に行っています。こんなに間が開いたとは思っていませんでしたが。昨年も行ってはいますが、札幌滞在は無かったのです。

 ともかく後でちゃんとリンクさせますが、とりあえずこちらからご覧いただけます。

 ↑一応、該当日へのリンクを行いました。(6/7)

 ハンガリーはまだ三日目が終わったところです。
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2011年04月23日

石和への小旅行

 今月の旅行は石和に行きました。温泉にです。
 何故にと聞かれると、少し説明が必要です。というのは、最近はまっているものに、クーポンがあります。およそ一年くらい前からはまっています。その中で、石和温泉も買ってあったのです。
 noriが退職するまでは、平日に旅行など考えられなかったのですが、4月に行こうと思って計画を元々立てていて、あの震災です。計画停電も始まりました。また、世の中の、この時期旅行なんて差し控えるべきと言うような風潮も相まって、行く機会を失っておりました。
 何の気なしに、ページを見ていると、信玄公祭というものが12日にあると言うことがわかり、予約をすることにしました。ただ、それからその祭が中止になってしまいました。しかしもう、クーポンの期限の問題もあり、行くしかない!と決心した次第です。
 今回ようやくとページが出来ました。
 桜や桃の花を見るにつけ、東北に春の来る日はいつなのかと、悲しい気持ちになりました。
本編はこちらから
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2011年04月22日

レンブラント展へ行きました

rembrandt20110422.jpg 『レンブラント 光の探求/闇の誘惑』(国立西洋美術館)に行って参りました。この日を選んだのは、スライドトークがあるからです。最近、ギャラリーウォークや講演など、こうしたタイアップのあるイベントがある日に展覧会に行くことにしています。特に主催者側の、というかその展覧会の企画に携わった人々の登場するものは、聞き応えなどあり、すばらしく感じます。
 今回も、企画側の方のようで、企画の意図などを聞くことが出来ました。

 レンブラントと言えば、「夜警」が有名です。というか、レンブラントと言えば、夜警や放蕩息子の帰還rembrandt20110422.jpgなどの、ざっくり言えば、暗い中にスポットのように光を当てて描く、「光と影の魔術師」という分野が印象でした。そして今回のボストン美術館の所蔵する「アトリエにいる風景(紹介ではアトリエにいる画家)」が来ていました。レンブラント初期の傑作です。ウォーフェ割れのレンブラントに対する知識はこの域を出ないで、会場に行きました。(写真夜警はウィキペディアから・・・この画像は少し実際よりは明るいのではないかと思う)

seiyoubijyutukan20110422.jpg 西洋美術館に到着した時間は、13時少し前だったので、スライドトークまでは時間があり、最初に少し見学しました。その前に例によって、音声ガイドを借りました。今回は辰巳琢郎のナレーションです。以前も書きましたが、俳優よりもアナウンサーの方が聞きやすい(俳優は舞台をつとめるからナレーションに必ずしも向いてはいない)といいましたが、今回も少し聞きづらかったです。滑舌の問題ではなく、構成の問題だと思いますが、解説の録音が終わったのかどうかがわからないような話し方はよくありません。

 会場に踏み込んで、私たちを驚かしたのは、油絵ではなく、エッチングなどの版画のオンパレードの展覧会であったことです。この時初めて、レンブラントという画家が、油絵ばかりではなく、版画家としても成功を収めた人であったということでした。今回生涯での作品数300余と言われる中の実に110点もの作品が集められました。30分ほど見学しました。ちなみにこの展覧会は4つのパートに分かれています。私たちは最初のパート「黒い版画:レンブラントと黒の階調表現」の途中で、スライドトークの会場である講堂の前のいすに座って待つことにしました。というのも、少し不安に思ったからです。だいたい会場で、今日はスライドトークをしますよ、というような放送があるのですが、全くなかったからです。後から会場の人の話を盗み議するなどしてわかったのですが、どうも集まりすぎるのを嫌っていたようです。
 さてスライドトークですが、ちなみにこの企画も、本来は夕方から行われるイベントでした。多くの美術館などでは、最近金曜日の夜は8時か9時頃まで開館しています。この時間は比較的空いているばかりでなく、多くの働く人々が鑑賞可能な時間帯です。好ましい取り組みと思うのですが、これも今回の震災騒ぎで中止となり、したがってスライドトークも時間が繰り上がった訳です。もちろん節約に努めるべきでしょうが、それならば休館日を少し増やすなどの方が、効果は上がると思います。働いている人たちへの鑑賞機会の縮減は、決して被災されている人たちの希望ではないと思います。改めてもらいたいものです。(震災を理由として経済的縮減に努めていると思えてなりません。)
 スライドトークなるものは、スライドによる作品解説をすることでした。私たちは一番前の席を占めましたが、大きな画面に作品を拡大するなど工夫があり、細部にわたっての鑑賞が可能でした。最初にこの解説を聞いてから、展覧会場を結果的には回ったので、あらかじめ知識が加わり、鑑賞の助けになりました。
 この展覧会のキーポイントは、3つあると思いました。まずは版画の技法がわかっていた方がよいと思います。
 またレンブラントは、特にドライポイントの作品において、何度も手を入れています。以前描いた線を消すのにどうしたのかちょっと不明な点もあるのですが、おそらくは版を重ねて薄くなってきた部分を、その部分ともども全体を薄く削って、再構成したのではないかと思います。今回の展示では2/Vのように記され、一つ目から数えて全体で3版作られ(つまり二回改変が行われ)、その二版目(つまり一回目の改版のもの)といような表現をしていました。最初から何番目の反歌と言うことを言う表現として、ステージという言葉が使われるようです。これは、現代において版画家は概ね、33/100のように版画の横に記入して、それがいくつ作られた何番目のものかというのがわかるようになっています。それを応用したのでしょう。あるいはこの表現の方が先にあったのかもしれません。
 それから最後は、紙です。なんとレンブラントは勝負紙に「和紙」を使っていたようです。後から知りましたが、「レンブラントと和紙」などという本まで出版されています。ジャポニズムによって、写楽などから多くの西洋画家が影響を受けていることはつとに有名ですが、レンブラントもまた別の意味で日本と深く結ばれていたというわけです。これは今回の展覧会の一つの必然と行ってよいと思います。そしてこれまた私たちの大きな驚きでもありました。

 スライドによる作品解説を聞いたあと、また会場に戻りました。
 第二パートは、「淡い色の紙:レンブラントの和紙刷り版画」です。この和紙ですが、いくつか好まれた理由があるようです。第一は、柔らかいと言うこと。版画は刷れば版画微妙に痛みます。これを緩和してくれたと想像されます。第二は、色です。西洋紙の限りなく城に近い色合いからすれば、和紙は幾分か時に黄みがかり時に象牙色をしています。その風合いが、シャープさを和らげる効果があったと思われます。第三には、紙の繊維の問題です。和紙の繊維は長いので、鋭角的なドライポイントなどのインクののりを和らげ、線画からどちらかと言えば筆で描いたような効果へ導くものと思われます。このためかどうかはわかりませんが(というのもレンブラントという画家はあまり手紙や日記のたぐいを残していないそうです)、特に低いステージの時に、コレクター用に和紙が多用されたと言うことです。
 このほかにもオートミール紙とか中国紙とかありましたが、これがどのようなものなのかは判然としませんでした。オートミール(燕麦)で作った紙なのでしょうか?質感はざらざらしているようです。西洋史を含め、これらはそれぞれの風合いを持ちますが、丁度日本酒を猪口とグラスとますで飲むとそれぞれの風合いがあるように、同じ版木(正確には版金属)でも味わいが違うものになって、興味を持ちました。

 第三パートは、「とても変わった技法:レンブラントのキアロスクーロ」です。キアロスクーロは直訳的に言えば、明暗法というような意味らしいです。写真の世界では、「レンブラントライティング」という言葉さえあります。これは絵画と同じく、彼の特筆すべき闇と明の世界を描き出す技法を中心とした展示です。実際、ここでは油絵が他の部分よりも多く出展されています。

 第四パートは、「三本の十字架とエッケ・ホモ<民衆にさらされるキリスト>」がステージの違い、すられた紙質のちがいを複合し、何点か展示されています。特に、この二作品は他のものよりもサイズも大きく、見応えがあるものです。こうした細かい細工を大きなサイズで仕上げるには忍耐とともに体力が必要とされたことでしょう。またこの二作品は、写されているものが前後のステージで大きく変交差している点でも、tくひつすべきでしょう。たとえば三本の十字架では、初期のものは処刑後ですがステージが上がると処刑直前のキリストになります。先にも書いたように、どうして同じ版でこうしたことが出来たのかは、不可思議なところです。あるいは別の版を起こしたのか?謎でした。

goya20110422.jpg こうして4時半には、鑑賞を終えました。久しぶりの上野は、成長した東京スカイツリーがほぼ完成域に達した姿を見せていました。もちろん、人ではかなり少なかったです。帰り際には、少し寂しい思いがしました。

 国立西洋美術館は、このレンブラント展が6月12日まで開催され、7月5日(火)から9月25日(日)まで「大英博物館 古代ギリシャ展」が、そして10月22日(土)から平成24年1月22日(日)まで「プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影」と立て続けに大きな展覧会が続く年です。最低でも二度ほど足を運ぶことになりそうです。
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2011年02月19日

バングラデシュ旅行記完成

 バングラデシュに暮れから正月にかけていったのだけれども、例によって遅筆で、ようやく完成を見た。
 折しも、今日からバングラデシュなど参加国の共催で、クリケットのワールドカップの開幕を迎える。ダッカの街では写真のディスプレイが交差点などあちこちにあり、懐かしく思い出された。
 バングラデシュの選手が期待通りに活躍することを祈りたい。
本文はこちらから
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2011年01月25日

国内旅行二本完成

 正月に、万座温泉と箱根二の平の温泉の二カ所に行ってきた。その日記をようやくと完成させた。

 実は暮れから正月にかけて、バングラデシュに行ったのだが、こちらの方が日程的には早いのだけれども、まだまだ完成にはおぼつかない状態だ。
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