2004年12月31日

ルクソール−デンデラ−アビドス−ルクソール

 セティ1世の葬祭殿を見はセティ1世が着工して、その息子のラムセス2世が完成させたので、装飾は素晴らしい。また、ここには7つもの聖所がある。右からホルス神、イシス神、オシリス神、アモン・ラー神、ラーホルアクティ神、プタハ神、セティ1世となっている。
 それぞれの聖所に素晴らしいレリーフが残されている。セティ1世を除く6つの葬祭殿の意匠は同じで、6つの部屋とも同じ位置に同じモチーフの絵が描かれている。セティ1世が神に貢ぎ物であるパピルスを渡している場所には、例えば右のラー神の神殿にも左のアモン神の神殿にも同じ位置に同様のモチーフのそれを見ることが出来る。このパピルスの右上には太陽の船が必ず描かれている。
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2004年12月30日

ルクソール滞在

 王家の谷> 8:35〜10:40
 入り口でバスを降りるとすぐに、可愛らしい電車のような乗り物に乗り換える。それほどの距離ではないのだが、皆これに乗っていく(ことになっているのか?)。
 聳えて立つ岩山の間を通り、王家の谷の入り口に付く。そこからは徒歩になる。人の数も多い。王の墓は、全て岩窟墓で、岩をくりぬくような形で造られている。その入り口は1間もない小さなものだ。
 我々は3カ所の墓を見ることができる券で、3世、4世、6世を見、他にツタンカーメンの墓を見ることになった。これらの墓は全て撮影禁止。
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2004年12月29日

アスワン−コム・オムボ−エドフ−ルクソール

 船で対岸へ行き、そこからバスで「ある地点」へ行く。そこは観光バスや観光客を乗せたタクシーなどの集合場所。今日の観光はこの沢山のバスなどと一緒に隊列を組んでいくということになる。つまり前後に護衛車、コンヴォイが付く。これもテロ対策の一つなのだろう。といって物々しい警護体制ではなく、ただ付いているだけという程度のものだ。扱いは緊急車両と同じで、全ての道路通過が優先になるので、一般車は長い列を作って待たされていた。
 ただ、こういう体制のために、各車両ともコースや見学時間などの自由は全くなく、コンヴォイに決められたとおりになる。だからトイレにのんびりと入っているわけにもいかない。
 今日はプトレマイオス王朝時代の神殿二つを見学してルクソールへ向かう行程。
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2004年12月28日

アブシンベルからアスワンへ

 4時に起床して、パンとコーヒーだけという朝食を済ませて6時30分にはホテルを出発した。途中33分に日の出を迎えた。バスの出発を後10分遅らせれば雄栗日の出を観られたものの、少し残念。空港へ入るのにまずX線を通る。それから手続きをする。
 予定より早く7時45分には離陸。すぐにパックのジュースが出たが、飲む間もなく8時9分にはもう着陸だ。飛行機だと早いが、やはりバスだと時間がかかって大変なのだろう。それにしてもあっけない。
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2004年12月27日

カイロ(ギザ)からアブシンベルへ

 朝は2時30分に起きて移動の準備。ホテルを4時15分には出た。40分ほどで空港に着いて、空港到着時及び搭乗時にチェックを受けて、5時50分には搭乗。今回の飛行機も2−4−2の並びで、座席は32CD。つまり通路を挟んでということになった。本来はアスワンまで行くはずが、まずルクソールに下りるのだそうだ。
 6時50分に離陸してすぐに軽食が出た。これが本日の朝食となる。急いで食べて、もう7時40分には着陸だ。ほとんどの客がここで降りていって機内はガラガラだ。我々はそのままで、アスワンまで行く。こんな状態で行くのかと思ったら、どっと乗り込んで来て満員になった。
 8時30分に離陸してすぐにパックのジュースが配られた。と思ったら、もう55分には着陸だ。待っていた時間の方が長かった。
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2004年12月26日

カイロ(ギザ)滞在

 11時までホテルにて休養と言うことだったが、4時には目が覚めてしまったので時間をもてあましてしまった。
 朝食後、ホテルの外に出てみるとギザのピラミッドが見えた。カイロは薄曇りであったが、クフ王のピラミッドと、その父のカウラ王のピラミッドを眺めることが出来た。
 ホテルから町へ出て昼食。最初部屋の中だったが、時間が早くまだ誰もいなかったので、外の席にて、ピラミッドを見ながらの食事となった。
 ミックスケバブ、付け合わせ野菜、アエーシ(エジプトパン)、みかん、バナナ、紅茶11p×2。
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2004年12月25日

新東京国際空港・成田(14:30)MS865(21:10)カイロ空港−(約45分)−カイロ(ギザ)

 今回の旅行は我が家にとってはひとつの飛躍の旅行となる。それは前後の移動日を含めての話しではあるが、2週間を超える旅行を初めてするからだ。国内外を通じ、かような長期の旅行は初めてであった。これが後で思わぬハプニングを引き起こすことになるが、郵便局へ事前に行って郵便物を留めてもらうなどの準備をしていざ出発!
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2004年08月28日

空路、日本航空直行便にて、帰国の途へ

 時30分にはホテルを出た。アンカレッジの町を感傷的に眺める時間もなくすぐに空港に着いてしまった。チャーター便(JL-8819)ということで日本人だらけの長い行列ができた。
 カウンターで受付を済ませた後、いつもならここでスーツケースを預けるのに、今回は黒い幕で仕切られた所へそれを持って行った。テロを防ぐということでスーツケースは鍵をかけないように言われていたが、どうやらここで開けてチェックするらしい。うちの荷物なんて無理矢理に押し込んでいるのに、開けたらうまくしめられるのかと心配したが、呼び出されることもなかったので何とか無事に通過したようだ。
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2004年08月27日

【26氷河クルーズ】 終日

 氷河の上を歩くという楽しみを抱いて出発。大型車が入れないというので、2台のバスに分乗した。
 途中、パーマーという町のビジターセンターで休憩。そこでは氷河から流れるモレーンという栄養分たっぷりの土のおかげで巨大な植物を育てていた。30kg以上のキャベツとか巨大なひまわり、ズッキーニなど驚く物ばかりだった。ただこれらは展示するためにだけ育てている物で、実際にはもっと小さい食べ頃に収穫しているとのことだっ。
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2004年08月26日

【マタヌスカ氷河観光 MATANUSKA】 終日

 氷河の上を歩くという楽しみを抱いて出発。大型車が入れないというので、2台のバスに分乗した。
 途中、パーマーという町のビジターセンターで休憩。そこでは氷河から流れるモレーンという栄養分たっぷりの土のおかげで巨大な植物を育てていた。30kg以上のキャベツとか巨大なひまわり、ズッキーニなど驚く物ばかりだった。ただこれらは展示するためにだけ育てている物で、実際にはもっと小さい食べ頃に収穫しているとのことだっ。
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2004年08月25日

【アラスカ鉄道 Alaska Railroad】 終日

 我々の乗る展望車というのは、実は旅行会社が持っている物で、自分の所のお客を乗せるようになっている団体専用車両なのだ。それが一般車の後ろにずらっと並んでいる。
 我々のはCHULITNAという車両。その2階部分の12AB。席は指定されているので、ゆっくりと乗れる。しかしなかなか来ない。
 12時1分発だと思うのだけれど、列車が来たのは12時15分。それからほぼ満員の乗客が降りるのだが、そののんびりしていること。急ぐとか慌てるとかは全くないので、当然のように発車時刻はどんどん遅れて、12時43分になった。
 我々の乗った車両には他にも外人の団体がいた。この車両は展望車ということで天井までガラス張りで周りがよく見えるようになっている。が、スモークがかっていて写真を撮るにはちょっと具合が悪い。ということで則はちょくちょく下のデッキへと出ていた。
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2004年08月24日

【デナリ国立公園 Denali National Park & Preserve】 終日

 集合は15時50分 成田空港第2ターミナル 3階Hカウンター。ということで、則は午前中仕事に行ったので、高田馬場で待ち合わせた。
 今回は総勢37名という大所帯なので、ウワー多いという反面、周りに気を遣わなくてよいと思うときが楽な面もある。
 東京(成田)発は18時20分の JL-8810。だが、到着便が遅れたということで、搭乗口もE70からA62へ変更となった。やっと18時50分になって搭乗を始めるというアナウンスがあった。19時05分に動き出した機は19時37分にやっと離陸。座席は63D・E。3−4−3の並びでこの番号。チャーター便のためそのほとんどが日本人だ。
 20時20分に飲み物が出て(順はワイン、則はウォッカ)、その20分後にはもう食事だ。牛とチキン。勿論両方いただく。
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2004年08月23日

空路、日本航空直行便にて、アラスカの表玄関アンカレッジへ

 集合は15時50分 成田空港第2ターミナル 3階Hカウンター。ということで、則は午前中仕事に行ったので、高田馬場で待ち合わせた。
 今回は総勢37名という大所帯なので、ウワー多いという反面、周りに気を遣わなくてよいと思うときが楽な面もある。
 東京(成田)発は18時20分の JL-8810。だが、到着便が遅れたということで、搭乗口もE70からA62へ変更となった。やっと18時50分になって搭乗を始めるというアナウンスがあった。19時05分に動き出した機は19時37分にやっと離陸。座席は63D・E。3−4−3の並びでこの番号。チャーター便のためそのほとんどが日本人だ。
 20時20分に飲み物が出て(順はワイン、則はウォッカ)、その20分後にはもう食事だ。牛とチキン。勿論両方いただく。
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2004年08月08日

〔成都 東京〕 晴れ  自宅

 午前中は自由時間というので、タクシーで杜甫草堂に行く。11元なり。
 着いてみると広いこと広いこと。ついでに近くの公園も見て回ろうと思っていたが、とんでもない、ここだけでいっぱいだ。
 30元の入場料を払って入ってみると、たくさんの市民がいた。散歩する人、体操をする人、太極拳をする人等々。この人たちはきっと市民免除で無料なんだろうなと思う。写真は本来は喫茶が出来るエリアのところで、太極拳とおぼしきものををしていた土地の人たち。
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2004年08月07日

〔都江堰 青城山 成都〕晴れ   成都泊

 今日は道教の発祥の地とも言える青葉山(せいじょうざん)をめざし、8時10分バスでホテルを出発しました。
 青城山は階段が多いというので、今日も身構えての出発となった。バスを降りて入口を入るとすぐに階段が始まる。前もっての調べでは519段という事だったので、一段一段数を数えながら上っていった。林の中なので気持ちがいいのと、時折平らな所があるので、ガイドさんと一緒に最初に上りきることができた。
 次に船に乗って、湖を渡る。船といってもスクリューで動くのではなくロープウエイの船版とでもいうか、ロープで引っ張られている。ものの3分くらいで向こう岸に着いた。
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2004年08月06日

〔日隆(巴朗峠)  都江堰〕晴れ一時雨 都江堰泊

 調子が戻ってきた則は朝食も摂れるようになってきた。
 8時にホテルを出発。今回は花を見るのにちょうどよい所でバスを止めてくれるというのでそれを楽しみにみんなうきうきしながらバスに乗った。
 1回目の停車。ブルーポピーがたくさん咲いていたが、夕べの激しい雨に打たれて、みんな花が下を向いている。それでも夢中になって山の斜面を登る。順は勢いよく飛び出したのですぐに息が切れて苦しくなり、そばにいた人から酸素をもらって吸う羽目になってしまった。ここの場所は4000m近い高山だということを忘れていた。
 ここにはブルーポピーだけが咲いていて、ほかの花はあまり見られなかった。
 次の停車場所にはブルーポピーだけでなく、赤いポピーなども咲き乱れていた。黄色いポピーもあったが、きれいなのはなかった。
 勿論ブルーポピーもあった。幻と言われるこの花だが、先のエーデルワイスと同様、どこが幻?と思えるほどに咲いていた。少し離れた所で花を摘んでいる人たちがいたが、こんなに咲いているのではそう言う気になるのも当たり前かもしれない。
 とにかく十分に堪能した。
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2004年08月05日

〔四姑娘山滞在(長坪溝)(鍋荘坪)〕快晴 日隆泊

 今日は山登り。則も体調が回復に戻ってきつつある。まあ、無理をしないで行ける所まで行こうという気で、8時30分にまずは午前の部へ出発。
 ホテルから少しバスで行ってから、また小さいバスに乗り換える。少し走ると道路が陥没していて、向こう側にあるマイクロまで、徒歩で異動する。バスの行く終点に9時頃着き、歩き始めた。ここは馬がたくさん待っていて、ゴールまで行けるのだという。ただ、日本人は乗らないと思っているのか、誘いは全くなかった。
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2004年08月04日

〔臥龍 巴朗峠 日隆(双橋溝)〕晴れ一時雨 日隆泊

 ホテル発8時45分。隣町と言った感じの「臥龍」へ一旦戻る。そこで、9時から9時52分まで、パンダセンター見学。
 今日一番の楽しみ。パンダセンターへは朝一番に行く。あちこちにパンダが見える。しかも動いている。ちょうど朝食の時間だったので、笹を食べている。無理矢理に動かした過去の出来事を思えば奇跡に近い。
 しばらく動くパンダを写真に撮った後、いよいよお待ちかねのパンダを抱いての撮影会になった。一人200元。二人一緒に撮るのだが、といっても一人200元は譲らず、結局は一人一人で撮ることにした。係の人は結構無造作にパンダを扱っていた。今日は36頭いるとのことだが、そんな日替わりで頭数が変わる事はないのだろうに、と思いながら、そのことについて聞くのを忘れた。
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2004年08月03日

〔黄龍 松潘 臥龍〕晴れ一時小雨 臥龍泊

 今日は出発が早いので4時30分には起きる。則の調子は幾分よくなってきているようだ。
 出発の準備をして外に出ると、もう真っ青な空が広がっている。これなら峠から雪宝頂が見られるかもしれないと期待を抱いて、6時52分にはホテルを後にした。
峠にて・・・見事な青空で、雪宝頂がきれいに見えた。ヤクの頭部の骸骨があったのでそれを入れて写真を撮ろうとしたら、どこからか人が現れて撮影代2元払えというので、隠し撮りにした。この辺りに住んでいるチベット人らしい。建てているところはその人の土地ではなさそうだから(バスを留めても駐車代は取られないから)、全く持って不可解な商売だ。
 山は富士山に似た形をして、くっきりと浮かび上がっていた。
 峠を下ると、行きに見損なった赤軍(内戦時の共産党軍)の記念碑が朝日に輝いて丘の上にくっきりと見えた。
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2004年08月02日

〔黄龍滞在〕曇り一時小雨 黄龍泊

 6時に起きて朝食を軽く摂ってから、歩いて観光地黄龍に向かう。
 則の状態はよくないが、がんばると言うことなので、行くことにする。今日は酸素ボンベを必要とするくらいの高さになるし、一日ずっと歩きづめなので心配だ。
 朝早いのにもかかわらず人が多い。手続きを済ませて9時25分入場。すぐに階段を上って行く。周りはうっそうとした森。
 しばらく行くと篭屋さんに声をかけられたが、しつこくはない。ガイドさんが夕べ斡旋していたが、上まで400元という事だったが、誰も頼まない。則はどうしようかと思ったが、途中でアクシデントがあった場合、引き返すことも視野に入れてとにかく行ける所まで自力で行くことにした。荷物は一つにまとめて、交代で持つことにした。
 ここは、歩いてホテルまで帰れるので、全くの自由行動というのがありがたかった。
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