2000年12月31日

チチェンイッツア

 則は明け方4時30分には起き、順さんも5時30には起きた。海側の部屋ではあったが、ほぼ西向きだったことと曇っていたために日の出は拝めなかった。明日の初日の出は町中だから全く趣が無いので、一足早くという感じだったけれどもその願いはかなわなかった。昨日あんなに夕日が輝いていたのだが。
 朝食の前にホテルの前のプライベートビーチエリアを散策。昨日は見えなかった海の色が、これぞ瑠璃色というように目の前に広がり、順さん大感激。「タヒチの女」ばりの気分に浸りたかったが、風が強く波も荒いので近づいて海に入ることはしなかった。ここにも小さなマヤ遺跡があった。
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2000年12月30日

シェルハー・トゥルム遺跡・カンクン

 今日の出発は早い。さすがの我々にもちとつらいものがある。が、オーバーブッキングを避けるために早めに空港へ行きたいと言うのでしかたない。5時半にはもうバスの中だ。6時にはベニートファレンス空港到着。そこでしばし待つことになる。朝早いので寒さ対策を、という添乗員の言葉を無視して半袖にした我々にとっては、つらい時間となった。やっとチェックインが終わっても、まだ時間がある。しかもまだ搭乗ゲートが分からないので、総合待合室へ移動して朝食のお弁当を食べる。どうせタコスかサンドイッチのようなものだろうと思っていたが、なんとおにぎり。それに付け合わせの白菜の漬け物など。感激の一時であった。
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2000年12月29日

クェルナバカ・ソチカルコ・タスコ

 朝は未だまどろみの途中を起こされる。すこぶる眠く、体調も思わしくはない。今度の旅行はすごくきつい日程になっている。飛行機に乗り換えを含め10回も乗る弾丸ツアーなのだ。ホテルを8時に出発。しばらくすると道路は地下鉄(の地上部分)と併走する。実はメキシコ国鉄は1年半前に倒産してしまい、今は走っていない。メキシコシティーは地下鉄が結構発達しているようで、系統も両手近くあるという話だ。
 さて今日からいよいよ実質的な観光が開始される。最初の観光地はクェルナバカ。メキシコシティーが標高2300メートルの高地にあるが、ここは標高1480メートル。途中高速道路の最高地点つまりは峠越えをしたことになると思われるが、3100メートルのところを通り一挙に下ってきたわけだ。
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2000年12月28日

旅立ち

 今回の旅は同行3人。順さんの友人のM女史との3人だ。彼女は昨春退職し現在は悠々自適の身。そして写真を趣味にしている。だから今回我々は三脚が要らなかった。今回我々二人のツーショットは例外なく彼女の手による。そのことを最初に付け加えておきたい。
 さて今回の旅は目的地までに異常な迂回ルートをとる。なぜそうなったかは知る由もないが、メキシコまでの道のりは、一旦太平洋側の日本からは比較的近いシアトルまで飛び、そこから更にメキシコに近いダラスまで飛んで、更にそこからメキシコシティーに入る。格安旅行の成せるところなのだろうか。
 ともかくも我々はAA26便の機上の人となったのは午後7時を少し回っていた。2時間後には食事も終わって太平洋(ベーリング海?)の上。少し寝なければいけないと思うのだけれども、なかなか寝つかれない。それでも飲んだワインの力もあって少しうとうとしているとやがて日付変更線の近くまできた。
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2000年08月31日

帰国

このコースは最初と最後が朝が厳しい。今朝は6時出発。朝飯も抜きだ。バゲージダウンは5時30分なので、4時30分に起きて前日に既にあらかた用意している荷物の最終点検をした。今回はおみやげらしいモノを買ったわけでもなく、持っていった水などを消化しているので、カメラ1台と撮影したフィルムを除いて、ほとんど鞄の中に消えた。チェックアウトもあるので、5時45分に部屋を出る。出発にやや手間取ったが、朝早いのでさすがに高速も空いていて、6時40分には到着した。7時10分にはパスポートコントロールを入る。ここの免税品店街は充実している。則は順さんの非難の顔をあびながら、33US$でアンコールワットの解説書(タイで出版されている英語の本)を買った。この本は、地球の歩き方の底本のような本で、少し英語が読みにくいが、充実した本。それからあまったTHBでお菓子などを買って、8時10分にはチェックインした。8時25分に飛行機に乗る。8時50分に飛行機は動きだし、9時10分に離陸した。1時間ほどして機内食。メニューはチキンカレーとシーフードの2種類。寝るしかないので、ワインを飲んで寝る。17時03分に着陸。入国に並んだ列が失敗して、少し時間がかかってしまい、結局18時11分に電車に乗る。こうしてアンコールへの旅の幕は下りた。
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2000年08月30日

バンコクでのタイマッサージ体験

 とうとうカンボジアを去る日。といってもすぐに日本に戻るわけではないので9時にホテル発。しかも5分ほどで空港到着というゆったりした朝になった。空港前にはすでに大勢の人がたむろっていたが、手に名前を書いた紙を持っていたところを見ると出迎えらしいが、それにしても多い。空港はとても小さいので、ドアを入ると直ぐに手荷物検査があった。それから受け付けカウンターでチェックイン。この時団体は我々だけという少なさだったので、25分には完了した。それから後ろを振り向く感じで出国審査のカウンターへ。そこを通過すると、机に座っているおねえさんに出国税の8ドルを払って待合室への入り口でもう一度パスポートのチェックを受けて、これで全て完了。
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2000年08月29日

バンテアイ・スレイとロリュオス遺跡群

 今日も午前と午後に分かれて観光だ。午前中には少し離れた場所にあるバンテアイ・スレイへ行った。それは、Kulen山脈の殆ど足下と言って良い場所に位置し、ホテルからは1時間半くらいの行程。ここはけっこうな悪路を進むことになる。インターネットの他のページなどでは、45分から1時間程度で着くようなことが書いてあるが、どうしてどうして、アンコールから北方二十重数キロも離れている上に悪路となれば相当の時間もかかる。我々のバスも昨日まで利用していたものと変更されている。これの方がスピードが出るというようなことを現地のガイドは言うが、サスペンションかな蜷kの問題なのだと思う。揺られつつも不思議なもので、その現地ガイドの言葉を子守歌に次第次第に皆まぶたを閉じ出した。則だけが一番前に座ったので仕方なく相槌を打つ。
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2000年08月28日

アンコール・ワットとアンコール・トム(バイヨン)

 今日は、アンコール・ワットへ日の出を見に行くと言うことで4時半モーニングコール。と言うことは、勿論則は4時ころから活動している。懐中電灯もリュックに詰めて用意完了。5時に出発。外は真っ暗なのに、ろうそくをつけて商売をしている屋台がある。アンコールワットの遺跡の堀に近いところまで車が進んでくると、しだいしだいに外は明るさが取り戻し始め、アンコールワットを包む森もシルエットとして浮かび上がるようになってきた。5時半アンコールワットに到着。登っていくのかと思いきや初めの門を入ったところで全景を楽しむとのこと。後で述べるが、アンコール・ワットの正門は東向きなので、アンコール・ワットのメインの尖塔は正門から見ると真東で、春分秋分にはその塔の真上から日が昇るという。我々は少し先に陣取ってナーガ(蛇の欄干)の切れ目を撮影ポイントにする。あいも変わらず日本人が大半を占めている。
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2000年08月27日

トンレサップ湖とプノン・バケン

 則は5時に目を覚まして支度をする。順さんを10分後に起こすも、まだ眠りの中。仕方のないことだが、起こさざるを得ない。5時45分から用意してくれるという朝食を食べに行くが、実際は6時近くになった。食事は則には美味しかったのだけれども、飛行機でも機内食が出るだろうし、少しお腹をあけ解くことにした。泊まったホテルの前は女性ものの洋服(ワンピースやTシャツなど)の青空市場のようなところ。ホテルの屋根の下までそれは張り出している。それを横目に見ながらの出発だ。今日は日曜日と言うことで、朝も早いせいもあるだろう、バンコク名物の渋滞も全くなく、快調にバスは走ってバンコクの空港に着く。
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2000年08月26日

カンボジアへ(バンコク一泊)

 最近成田空港のツアーの航空機座席の取り方というのが変わったことは前にスイス旅行で書いたとおり。今までだったら座席を窓側に取りたくても、添乗員さんの胸三寸というようなところがあったのだが、早く行けばその目的は達成される。と言うわけで、しっかり窓際を取った。今回は6時間程度の飛行だから3列席でも通路側の人に添う迷惑をかけることも少ないだろうから。でも飛行機は夕暮れを離陸したので、直ぐに闇の世界になってしまった。
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2000年07月29日

帰国

パスポートコントロールも難なく通過。どうせ荷物は出てこないだろうと順さんを座らせていたら、以外と早く出てきた。添乗員さんにお礼を言ってから、税関審査へ。「荷物はこれだけですか?」と聞かれ、そうですと応えると、「別送品もないんですか?」と聞かれ、それもなしと言うと随分少ないなぁと言う感じで通してくれた。持ってみればわかるが35キロはあるので、実際はふつうの二人分の重さだった。だから、その後に宅配を頼んだら、30キロ以上なので値段は替わらないが破損に責任は持てないと言われてしまった。飛行機が遅れたけれども荷物が早く出てきた分帰りは早くなった。
 荷物を送る手続きを済ませて、第二空港ビル駅には17時30分(つまり飛行機を降りてからわずか30分)に立つことが出来た。17時37分の京成の無料特急で帰路につく。19時30分前には自宅最寄り駅に立っていた。食事をとって20時過ぎに自宅へ。これで旅は終了となった。終わりよければ総て良しは、旅にも言える。アルプスを堪能する旅は終わった。
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2000年07月28日

一路日本へ

 今日は朝寝坊をと決めていたが、正解だった。5時に起きてみたが外は雨だ。時々小止みになるものの、時にして雷の音も聞こえ、激しい雨となる。これでは小ハイキングも無理だ。昨日の酒も残っていたので、朝飯は9時少し前に食べにいく。と、朝食会場は昨日までとうって変わって外人さんでいっぱい。日本人は我々を含めて6人しかいない。添乗員さんがあんなに早いのは日本人だけですよと言っていたのがわかった。昨日と同様、則は御飯にスクランブルエッグをのせ、そこに醤油をかけて食べる。長粒種の特有の臭みが醤油で消されて、本当に存外美味いのだ。が、外人さんでご飯を取りに行った人は全くいなかった。これは日本人のためのメニューなのだ。
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2000年07月27日

植物を愛でるハイキング

 今日は最後のハイキング。そして実質観光も最後の日。いい天気になりますようにと思いながらいつものように5時に目を覚ます。直ぐに外に出てみると、雲一つ無い快晴の空。もうこれだけでルンルン気分。朝食はいつものコンチネンタル様式のものなのだが、ご飯と醤油があったので、則はご飯にスクランブルの卵を乗せて醤油をぶっかけてたべた。これが思いのほか美味しかったようで、他の人にもすすめて感謝されていたのは可笑しかった。(写真は朝日に輝くアイガーと我々。)
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2000年07月26日

パノラマハイキング(アイガー・メンヒ・ユングフラウ)・ユングフラウヨッホ

 朝はいつものように5時起床。アイガーの頂がホテルから見えるのだが、残念ながら少し雲がかかっている。6時30分に朝食をとる。ホテルのメインダイニングはさながら日本のホテルの様相。日本人の波だ。ご飯(勿論長粒種)も醤油もある。そう言えば到着したとき流暢な日本語が聞こえてきたと思ったら、ホテルの日本人スタッフだった。それほどまでに日本人が多い。
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2000年07月25日

エギーユドゥミディ・シヨン城

 5時に起床する。ぐっすりと寝た感じ。薄明になるも雲多く、不安な感じだが、道路はむしろ乾いてきており白くなってきている部分も何とはなしに判る。見なりを整えてから荷物の整理にかかる。今日は移動もあるのでバスに手で持ち込めばよいから楽勝と思ったが、けっこうな量でパッケージするのに苦労する。
 6時半近く急に遠望の白き衣をまとった険しい山々がぼんやりと見え始める。見れば月がその上にはっきりと見える。上空は晴れており、これまで山々を隠していた霧が地上付近に降りてきているものと見た。この希望が正しいことを祈る。順さんは部屋のベランダにかじりついている。
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2000年07月24日

シャモニーへの移動

 太陽に向かって飛ぶ欧州方面への旅は第一日目が実質時差分長いし、その反対に帰路は実質時差分短くなる。この影響で10日間の旅行と言うのは、実質は7日間であり、今日はその折り返しにあたる日(もっとも個人の旅行であっては、リコンファームだとかでもっと時間は割かねばならない場合もある)。旅もサミット(日本ではおそらく沖縄サミットが終わっているころなのだ)と言いたいところだが、今日は移動が中心の日で、午後からは自由時間の予定。
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2000年07月23日

ゴルナグラート(マッターホルン・モンテローザ・リスカム)・アルプスハイキング

 朝は5時に起きて6時には散歩に出るというわが家の習慣にのっとって、本日も朝の散歩に行く。昨日のビューポイントへ行って、またマッターホルンを写す。残念ながら今日は頂上に雲がかかっていて全部を見ることはできないが、それでも十分に鑑賞に値する。しかし、それにしても、出会うのはほとんど日本人。こんな風に朝の散歩なんていうのは日本人しかしないのかも。その日本人が沢山集まっているポイントがあるので、多分と思っていってみると、やっぱりそこがマッターホルンをきれいに見られるところだった。
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2000年07月22日

)氷河急行の旅・フルカ峠越え

 昨日は10時ころには寝たのだけれども、順さんは2時ころからがたがたやっていて、とうとう最後には完全に起きて日記を書き出していた。
 散歩をして7時から朝食。ヨーグルトなどの種類は多いが、相変わらずのヨーロッパスタイル。それでもゆで玉子があったのが何よりの幸い。このゆで卵、面白いことに置いてある生卵を自分で茹でて食べるというもので、則は他の人に取られないようにしっかりと卵に名前を書いて茹でた。スイスはブロイラーが禁止されているので、地卵と言うことだったが、その説明は添乗員さんから後で聞いたので、一人一つずつだけにしてしまった。もう少しもらってくればよかったが、それは後の祭りである。
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2000年07月21日

ファドーツ・ハイジの泉・ピッツゴルヴァッチ

 昨日はやや寝にくい夜を送った。ホテルの外は或いは空港へ続く幹線道路なのだろうか?車の音がペアガラスの割りには聞こえてきてうるさかったり、旅の興奮や疲れすぎた体も影響したのだろうが、何度か目を覚ました。
 6時20分ころ山の端から日が昇ってきた。順さんはご来光ご来光と言って手をたたいて拝んでいる。外気はひんやりと肌に心地好く半袖で丁度よい。こうしてスイスでの初めての夜明けを迎えた。
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2000年07月20日

スイスを目指して

 朝5時に起床する。これは普段通りの生活だ。途中で朝ご飯を食べて、中央線に乗り中野駅で6時38分の東葉勝田台行きに乗り換え。空港には集合時刻よりだいぶ早く着いたが、ものすごい人の数にびっくり。かつて香港に行ったときも同じように受け付けカウンターの周りに人垣ができていたが、今日はそれ以上に空間がないほどの人の列。そこで、則はそのまま荷物の列に並び、順さんはまず、旅行業者の列に並んで受け付けを済ませた。その後JALの受け付けでチェックイン。通路側にしてもらおうと話していたのに、その間もなく手続きは進んで、「窓際を二つおとりしました」とご親切な扱いになった。だが、お天気に恵まれたせいもあって、この窓際の席は最高だった。
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