1998年01月04日

モスクワ経由で帰国

 モスクワへの飛行機はゆっくり寝ていこうと思ったが、あまり眠れなかった。帰るという興奮があったようだ。
 本を読んだりクイズをしたりして時を過ごした。日本は、うん?、スペインは、遠かった!
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1998年01月03日

帰国の途へ

 後の朝食はやはりハム。正月も今日で終わりだ、日本へ帰ったらもうハムは食べないぞと言いながら腹一杯ハムを食べる。この頃になるとこの食事タイプにも慣れてきて平気になった。最後だと言うことで、朝からワインをたしなむ。8:30にホテルを出て空港に向かう。
 出国の手続きをしてから時間があったので、残ったお金を使うために免税店に行った。ふらふらしているうちにたまたま入った店で日本語で話しかけられて、ここで買うことにした。お菓子やオリーブオイルなどあるだけのお金を使った。と言っても、ぴったりになったのはそこにいた日本人の店員(店長?)がそうなるように品物をかき集めてくれたからだ。こちらも、もうなんでもいいやと思っていたので言われるままに買った。
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1998年01月02日

クエンカほか

 さて、朝食を済ませて早速クエンカ巡り。崖の上の家は、本当に崖っぷちに建っている。窓からものを落としたら、崖下に落ちてしまうに違いない。そのがけの下も谷になっているので深い。人が落ちたら一巻の終わり。それにしてもまあよくこんな所に建てられたものだ。ここは2階に行くと1階より少し飛び出していて、3階になると更に少し飛び出していて少しずつ部屋が広くなっているのだそうだ。住む工夫がすごい。しかも1軒の土地はそれほど広くないので上へ上へとのびていて、4,5階なんてざら。勿論エレベーターなんて無いから歩き。道は坂だったり階段だったりして老人や体の弱い人には住みにくい町だ。ここが他と違っているのはそれだけではない。家の色がカラフルで明るいのだ。黄色や赤、ピンクオレンジなど狭い家のうっぷんを晴らすかのようだ。
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1998年01月01日

アルマグロほか

 ウベダを出発して今日はまずアルマグロ。一説によるとドンキホーテの城のあったところ。ここが、即ち、ラマンチャ。幸四郎のラマンチャの男を思い出す。おかしな男だった。ただ、あいにくのことにここの一番の見所であるコラル・デ・コメディアス(スペインで一番古い劇場)は、閉館ということで見られなかった。その代わり、立ち寄ったパラドールでレ−スの実演を見ることが出来た。目にも留まらぬ早業とはまさにこれ。ちょうど組み紐を作るように何本もの糸を交差させていくのだが、よく間違えないものだと感心しきり。NHKのスペイン語講座に取り上げられた人だそうで、テキストを置いていて見せてくれた。また、実際にそれを見て知っている人もいたのには驚いた。広場の方に店があるよ、というのを適当に聞き流して、我々はマヨール広場へ向かう。
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1997年12月31日

アルハンブラ宮殿ほか・・・なんと言ってもブドウ(酒)の思い出

 今日はこの旅の楽しみの1つであるアルハンブラ宮殿へ行く。お天気は雨こそ降らね、という程度の物で、ちょっとがっかり。ま、傘をささないだけ良しとするか。現地のガイドさんも私の感じではたぶん雨がすぐに降り出すから急いで観光しましょうという(勿論英語のガイドです)感じ。
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1997年12月30日

コルドバほか

 今日はいよいよメスキータ。朝食を7:30から30分で済ませて8:00出発。8:30にはメスキータに着いたがあいにくの雨。外は真っ暗と、観光不日和。でも、40分にはメスキータの中に入っていたからあまり関係ないか。解説書には、10:30開館と書いてあったので不安に思っていたが、早く開いたようだ。ここはイスラム教のモスクで、メッカのカーバイスラム教寺院に次ぐ規模を誇るそうだ。コルドバは、かつて東のイスラム教国(首都バグダット)に対する西のイスラム教の宮廷所在地として栄えた所で、このメスキータは、まさにカリフ王国の栄華の象徴だそうだ。
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1997年12月29日

トリヒージョほか

 朝食は8時から。9時出発だから結構忙しい。と言っても、相変わらずハムのバイキング。さして時間もかからないで終わる。すぐにも雨が降り出しそうな中を、まず市内散策。マヨール広場のピサロ像を見る。こちらでは英雄だが、インカ帝国を滅ぼした人ということで現地では憎い人だそうだ。それはそうだ。見方を変えれば裏表。さて、そこからずっと上り坂。則裕に手を引かれてやっとの思いで城まで上りきる。ここはイスラム教徒がキリスト教徒の侵入を防ぐために築いた城だそうで、イスラム教徒の物がそのまま残されているのはここだけ(非常に珍しいの意味か?)だそうだ。城壁の上は人が通れるようになっていて、ぐるりと一周すると下の町が見下ろせる。
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1997年12月28日

サラマンカほか

 朝食は7:30からとのんびり。今朝はハムが6種類、チーズにパン、シリアル、ヨーグルト、生オレンジジュース、コーヒー。朝はどうやらこんなメニューらしい。ま、正月と思えばハムでも良いか。ハムにもいろいろな物があって、人によっては口に合わない。
 今日は、まず荷物をホテルに置いてサラマンカ市内観光。一番最初にすぐ近くのマヨール広場へ。スペインで最も美しい広場の一つということで、スペインバロック、即ちチュリゲラ様式の美しい建物がぐるりと囲んでいる。
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1997年12月27日

セゴビアほか

 朝4時には目が覚める。すっきりした目覚め。順子は昨日の薬が効いたのか、体が軽い。外は真っ暗。夜明けが遅く8時頃らしい。7時から朝食。ハムの行列。生ハムの本場だから、それを食べなくちゃといくつかつまんだが、うーん・・・。野菜はほとんどない。オレンジジュースは目の前での絞りたて。これはすっきりしていておいしかった。コーヒーは、カフェオレ(カフェ・コン・レチェ?と言ったと思う)にした。
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1997年12月26日

スペインへ(初めてのヨーロッパ旅行)

 さあ起きろ、いよいよ出発だぞー。3つも目覚ましをかけていたのにそれよりも早く目が覚めた。忘れ物はないな、よし。火の始末、戸締まりもいいな。何度も確認をした末にやっと出発。高円寺で簡単な食事をしてから総武線でゆっくり新宿へ。思いの外電車は空いていて、何と座って行けた。成田エクスプレスでは、眠っていこうというつもりだったが、向かいに座った2人組の女性がずっとずっと喋りっぱなしでうるさくてうるさくてそれどころではなかった。さすがにこの電車は満席で、席を移りようもないので、我慢。成田へ着くと、ここも思ったよりすいていた。セキュリティーチェックも誰も並んでいない。もともと発着便が少ない時間帯なのだそうだが、それにしても少ない。あとでラジオジャパンが言っていてが、やはり不況で海外へ出かける人は減ったそうだ。
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1997年08月27日

帰国・・・則入院

6時間ほどの空の旅を終えて、現地時間9時近くにソウル着。ここでまた2時間ほどの待ちがある。が、ここはさすがにオリンピックを開いただけのことはあり、見違えるほど設備も整っていて清潔。やっと安心した。が、この頃から則裕のお腹に異変が現れる。このときはさほど深刻には考えなかったのだが、やがて大きな騒動につながっていくのだ。 待合いには、沢山のお土産屋が並び、目の保養をしている内に出発時刻になった。帰りの飛行機では日本語もよく聞かれ、とても過ごしやすかった。帰りで気持ちがホッとしていることやウズベキと比べると何でもよく思えるということがあるのかもしれないが。こうして快適な空の旅を終えて、無事成田着。
 帰ってきたぞー。
 這うような感じで家にたどり着く。やっぱり家はいい。グッスリ眠れるぞ。
 が、そうはいかなかった。則裕のお腹が超特急で、おまけに吐き気も催して、もうたまらんと、ついに救急車のお世話になったのだ。しかし、外国帰りということで、あちこちの病院で診療拒否に合い、1時間ほどしてやっと都立駒込病院で診察してもらえることになった。即入院。この後、則裕の入院は1週間にも及ぶことになった。
 終わりよければ総てよしと言うが、今回はなあ。
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1997年08月26日

長い帰路の行く末は

 とうとうウズベキスタン最後の日。いつもよりゆっくり起きて(6:50)のんびりと仕度をする。日本語放送を聞くと、エジプトで北朝鮮の大使が行方不明になったとのこと、日本が野球でキューバに勝ったとのこと、ユニバーシアードで日本男子体操陣が沢山の金メダルをとったことなどが放送されていた。あまり大きな変化はなかったようだ。
朝の自由時間、どうしようもないと思っていたら、スーパーマーケットに連れていってくれるというのでついていった。初めの所は休みだったが、昨日のバザールの隣が開いていた。そこは、何でもありという所で、店頭には車も置いてあった。こちらでみんなが着ている派手派手な布を買おうと思ったが、実際に着ることも無かろうと思って止めた。値段的は1m100スムくらいから500スムまで、一般的なのは250〜350スムほど。それを値切るのだから、実際はもっと安くなる。
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1997年08月25日

東洋の真珠ヒワ

 固いベッドにザラザラシーツ、あるかないかわからない掛け布団、冷蔵庫の音、等々で夜中チョコチョコ目を覚ます。寒い。昨夜迄の寝苦しい夜がウソのようだ。
 朝6時に起床。体が思うように動かず、のんびりと身支度を整えて、7:20に外へ出る。散歩に行こうにも何も無いところだ。庭にいた羊を見ていたが、半袖では寒さがこたえて、早々と部屋にはいる。7:30からの昼食場所もオープンテラスのため寒くて、大半の人が長袖を着ていた。部屋に戻って暖をとる。といっても閉め切った部屋でじっとしているだけのことなのだが。
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1997年08月24日

砂漠を西へ

 さあ、いよいよ今日は8時間にも及ぶ砂漠横断の日だ。水は4Lも用意、お菓子も十分、万全の準備態勢をとる。これなら大丈夫だろう。
 朝、自由散策の予定を変更して、みんなの希望の強かったバザールへ行く。ここは食料品だけでなく衣類や絨毯なども売っている。日曜日のせいもあってすごい混雑。お巡りさんもたくさんいて、添乗員氏からスリに注意としつこく言われた。やはりいい人ばかりではなさそうだ。我々は少し慣れて、冷やかし方も上手になった。とにかくみんな人なつこくて明るい。
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1997年08月23日

ジンギスカンの破壊を免れたサマニ朝の廟砂漠を西へ

 5日目の朝、やはり疲れている。6時まで寝てしまった。則裕は夜暑くて寝苦しかったらしいが、私はグッスリ。それでもだるい。それを振り払うために元気に外へ散歩に出る。肌寒い朝だ。それでも昼間はやはり猛暑になるのだろうな。
 9時ちょっと過ぎにホテルを出てリャビハウズへ行く。ハウズというのは池という意味だそうで、この周りをメドレセやモスクがとり囲んでいる。池の畔のチャハイナでは何人もの老人がのんびりとお茶を飲んでいた。ここでもこうしているのは男だけだ。
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1997年08月22日

炎の国タジキスタンへ

 朝6:00起床のつもりが5時過ぎに起きてしまった。あんなに疲れていたはずなのにどうして目が覚めてしまうのだろうと損した気持ち。
 今日の観光地、ペンジケントは隣の国のタジキスタン領内にあるため、一度出国して、ということになる。その為のビザ代が20$。
 アシアナ航空は週に一便しかないので、別の日本人の団体も同様のコースでペンジケントを目指すという。この情報を握った添乗員氏はこれまでのイスラムタイムを改め、前日から彼らより早く出発すると張り切っていた。しかし、8時の出発がまた15分ほど過ぎてしまった。この時間にルーズなのはお国柄とはいえ、まったくなあ。でも相手の方もそれなりに遅れたので、結果的には早く出発できた。
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1997年08月21日

サマルカンドブルーってどんな色

 5:30に起床。6時過ぎに散歩に出る。ホテルの前を走っている道路の向こうにモスクが見えるので横断しようと思うのだが、なかなか車の切れ目が旨くつかめなくてしばらく立ち往生。なのに、地元の人は悠然と渡っていく。慣れというのはすごいなあと感心しながら、やっとの事で無事横断。
 モスクは2つあった。1つは日干し煉瓦でてっぺんに雑草が生えていた。廃墟かなと思ったら、中には真新しい棺が入っていた。もう1つは、青の色のとても彩やかなきれいなもの。こちらは周りもきちんと整備されていて見るに値するものだ。
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1997年08月20日

50数年前の日本人の現実を異境に見る

 興奮しているのか、ベッドが固いせいか5:30に目が覚める。6時から散歩に出る。まず、ホテル前の中央広場(以前は革命広場といったが、ソ連から独立してから名前が変わった)に行った。チムールの像を中心に造られたゆったりした公園だ。記念撮影をしたあと、ウズベキスタン唯一の地下鉄というものを見に行く。
 駅へ着くまでの地下の通路には、パンやたばこなどの物売りが簡単な台を置いて商売している。照明もあまりない様な所だが、結構お客が立ち止まっている。駅に着いて中に入ってみる。切符売り場に行ってコインを買い、日本の改札機のような所にそれを入れてホームに出るようになっている。1区間は10スムだった。写真を撮ろうとしたら駅の女性に怒られてしまった。そういえば朝から働いている人を何人も見かけるが、みんな女性だなあ。
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1997年08月19日

ウズベキスタンへ

 さあ、出発。どんな国か全く分からず、不安を抱えての旅立ちの朝。自宅で朝食を摂ってから、新宿へ。
 9:40発の成田エクスプレスは満員だったが、成田空港内部はガラガラ。時間帯のせいか。11:20に受付を済ませてから2階のマクドナルドで軽いおやつ。このマクドナルドだけは成田相場ではなく普通のマクドナルドと同じなので、貧乏人の我々には頼もしい見方だ。
 今日一緒に行くのは、添乗員の他に26人もいるとのこと。思ったより大勢だ。変な人がいなければいいがと思いながら飛行機へ。ここでは勝手に乗り込むのではなく席番ごとの乗り込みになるので呼ばれるまで待つことになる。こんなの初めてだ。座席は、49のAとB。窓際の2人席だ。ラッキー。
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1997年01月05日

シェラトンカラチから自宅までの20時間

 さあ帰る日だ。1時にモーニングコールということだったが、その少し前に目を覚ました。ぼんやりしながら着替えを始めるとノック音。わざわざ起こしに来たのかと思って、ハーイ起きてます。OK,OKと言っても帰らない。何事かと思ったら、冷蔵庫のチェック(ミニ・バーチェック・・・ただし中にアルコールはない)だった。こんなに早くからご苦労なこと。でも、前のホテルの冷蔵庫で、我々はちょっと罪なことをしてきてしまったから、それを防ぐためにもやはりちゃんとこうしないとダメなんだろうな。
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