2009年12月31日

リビア世界遺産紀行-08

 とうとう電気は一晩中復旧しなかった。電気がないと水が出ないと言うことだったが、夜中のトイレの分は何とかOKだった。
 5時半起床。朝、まだ電気は付かなかったが、水は大丈夫だった。かなりの水量が蛇口から流れ出ててきた。まだ暗くて何も出来ないが、懐中電灯の代わりに持って行った、ソーラー式庭灯が活躍して洗面だけは出来た。
 朝食の時間の7時半にはまだ外は薄ボンヤリ程度の明るさだった。
 朝食は、パンと卵、ヨーグルト、ジュース程度の簡単なメニューで、ないよりはまし、という程度だった。
 食事を終える頃ようやく外は明るくなったので、少し周りの写真を撮った。
 それから大急ぎで荷物の整理。テントの中は暗くて狭いので、テント前にある椅子に全部荷物を出してバッグ詰めをした。
 その荷物は、今日もロッジの人が運んでくれた。
 マジックロッジ8時45分発。今日は3号車。モハメドさんだ。この人、昨日見る限りでは隊列を崩して我が道を行く人だったので、この車には乗りたくないと話していた人だ。
 今日もそうだった。でも、運転技術は悪くない。しかも人なつこくて、すぐに我が家の名前を覚えてくれた。なかなかユーモアのある人と見た。
 しばらく土漠の中を走る。土漠の上の無数のタイヤ痕が、ここまで大勢の客を連れてきたことを物語る。我々もそのうちの中に入るのだ。
 その土漠の中に小さな小屋のような物が立っていた。車はそこへ向かった。
 そこには井戸があった。ポンプであげた水を貯める様な貯水槽がある。ガイドさんが,ポンプのバブルを開けてくれて水を出してくれた。この水は、化石水と言って、要するに化石と言うくらいだから200年も前の水だそうだ。それがこの砂漠の下にあるというのだ。それを必要に応じてこうして汲み上げて使っている。
 冷たくて綺麗で、勿論飲める。ということはnoriはすぐにそれにチャレンジすると言うことだ。
 ここでキッチンカーは、水を確保。
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2009年12月30日

リビア世界遺産紀行-07

 今日からはいよいよ砂漠地帯に突入する。夜は寒くてたまらなかったが、砂漠の夜はもっと冷えるというので、その練習だ、と思うことにした。いったい砂漠はどのくらい冷え込むのだろう。不安がよぎる。氷点下以下になるとも聞いているからだ。ともかくも6時30分に床を離れる。
 7時に朝食を軽く済ませて,出発。
 今日からは砂漠用の4WDに分乗する。当然トヨタのランクル。やはりこの車が一番いいのだそうだ。1号車はリーダー達が乗る。あとの4台に、客が分乗して乗ることになった。誰が何処に乗るかは添乗員さんが決める。今回は二人組が4つ、一人参加が4人と丁度4という数なので都合が良かった。
 我が家は今日は2号車。ドライバーは、アシュラフさん。
 スーツケースとパスポートをホテルに預けて、夏のアメリカ旅行で買ったルート66のバッグに必要なものを詰め込んだ。それは車の後ろに入れる。他にちょこちょこ必要なものはリュックに入れて手元に置いた。
 昨日までは水が0.5リットルだったが、今日からは一人1.5リットルになる。冬はもてあますということを聞いていたが、何に使うかわからないのでとりあえずはいただくことにした。といっても、これまでの分が2リットルくらい残っているのだ。またいつものように水大臣になりそうだ。
 9時過ぎに検問所を通過した頃から砂漠に入った。もう右も左も砂だらけ。何も見る物はない。それでも、道はちゃんと舗装されているので、ランクルの力を発揮することはない。しばらく行くと町を通過。畑もちらほら見られるようになる。砂よけのためか、ナツメヤシの葉で柵が作られてもいた。人はどんな所でも生きる工夫を欠かさない。
 最初のトイレ休憩はガソリンスタンド。ここで、懐かしいペコちゃんに会う。といっても何故そのお菓子のパッケージがペコちゃんなのか全くわからない。中はカステラのようなもの。ミルキーの味はしない。とりあえずゲット。
 その次に止まったウバリという街で、ターバンを買う。正式にはターバンとはいわないのだが、わかりやすいためにそう言い合った。noriは緑、junはピンクをそれぞれ3mずつ買った。1m2LDで×6m。早速店の人に巻いてもらった。あっという間に巻いてくれた。
 それからまたしばらくはひたすら走る。途中で野ションをしたり,ラクダを見たり、砂漠地帯を実感しながらの走行だった。気温はどんどん上がってきたようで、暑くなってきた。
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2009年12月29日

リビア世界遺産紀行-06

 朝早いのはあまり苦にはならないが、睡眠時間が少ないのは応えるようになってきた。それでも、モーニングコールを待つことなく4時には目覚めた。
 5時から食事は簡単なものを用意してくれるということだったのだが、まだ出来ていなかったので、ひとまず部屋に戻ってチェックアウトの準備をした。それからパンとコーヒーだけという簡単な食事(0515)。それも添乗員さんがみんなの分を取り分けてという感じ。我が家はあまり時間がないので、パンは包んで持って行くことにした。(でも結局こう言うのって食べないことが多い。今回もそうだった。)
 外はまだ暗い。そんな中の出発であった。
 ベンガジ空港へ着くとまずはいつものようにX線検査を受ける。荷物を預けて待合室へ行こうとすると、入る前に女性だけ別室へ通されてボディチェックされた。いわゆる関所のお障りおばさんだ。何故か理由はわからないが、みんなで女性は隠すところが多いからなあ、と話し合った。それでようやく男性と合流。
 今回も自由席かと思っていたら、座席は指定されていた。同じ路線で何故違うのかわからない。しかも、トリポリの方が、ここよりも大きい空港のような気がするのだが,機械化されていない。
 飛行機は2−4−2と来るときよりも大きい。座席は同じD席ということで前後に分かれた。飛行機に乗るときに,自分のスーツケースは自分で確かめなければならないらしいが、そこはツアーのいいところで、全てお任せ。
 7時発の予定だが、6分には離陸しているのだから、定刻だろう。面白かったのは、天井からのテレビはアテンダントが手で下ろしていたことと、壊れているのかシートベルトサインが付かないこと。この飛行機大丈夫かなあと少し不安になったが、乗ったらもう仕方がないと腹をくくった。すぐにキャンディーと飲み物のサービスがあったので、コーヒーとグレープジュースをもらう。
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2009年12月28日

リビア世界遺産紀行-05

 モーニングコールは6時30分だが、我が家の目覚めはいつも早い。5時5分に起床。朝食が6時からというのに合わせた形だ。6時10分に朝食を食べに行く。
 ベンガジのホテルを8時5分に出発。キュレーネへはバスで向かう。途中、検問所を何事もなく通過する。リビアでもこうして道路の所々で検問を受ける所がある。ツアーの場合はメンバーリストのコピーを渡すそうだ。そのためにかツアーポリスもいる。その手続きさえすれば簡単に通過できるが、時折、トランクを調べられている乗用車などもいる。リビアでテロとは考えられないのだが、何をそんなに気にしているのだろう。密入国者への監視だろうか。
 1時間一寸走った頃、カフェでトイレ休憩。まだ青空トイレにはなっていない。ここで今回初めてアラブ式トイレを経験。ようやく感じが出てきた。
 その後耕作地帯を走る。野菜や麦を作っているそうだ。リビアでもキレナイカ地方という地域で、多雨地域だそうで、予め傘を用意するように言われていた。その分、これがリビアかと思われるくらいに緑が多い地域だ。
 さて添乗員氏の予想がピタリと当たって、この辺りがイタリアとの激戦地域です、などと説明を聞く頃から、外は強風が吹き、雨が降り出し、気温も下がり始めた。「砂漠のライオン」の舞台となったワディクフ橋はそんな中での見学だった。ただしこの橋は新しく架け替えられた物。
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2009年12月27日

リビア世界遺産紀行-04

 4時12分に起床。朝食は昨日と同じく6時から。朝食のメニューは昨日と同じ。まぁ日本人の口に合わないものは殆ど無いので、同じといっても問題はない。朝食会場で、日本人団体と遭遇。昨日のジャマヒリヤ博物館でもグローバルの人たちに出会ったが、同じかどうかはわからない。
 実は朝食の中に昨日から気になっていた食べ物があった。実際に食べてみると、それはちょうど日本の落雁のような砂糖菓子だった。この国の人もイスラム圏の他の国の人と同様に甘いものに目がない。なおこの菓子の名前は聞きの忘れたが、他のホテルでも出てきていたので、それなりに一般的なものではないかと想像される。
 食後まだ時間があるので、日記などで過ごす。
 トリポリのホテルを8時半に出発。海沿いの道をしばらく進む。道を掃除する人がいるので、舗装されている道はきれい。ただ、その脇にはゴミが散乱している。特にビニールが多い。
 ちょうど学校に行く子供がいたが、きちんとした身なりの制服を着ていた。
 9時7分、検問所を通過。どのような人が乗っているのかを調べるそうだが、今は殆どリストを渡せばOKだそうで、簡単にすむ。その辺りから内陸部に入る。苗木やオレンジを売る店が道路脇に店を広げていた。ヒッチハイクをしている人がたくさんいる。スーツ姿にビジネスバッグの人は仕事に間に合うのだろうか。オリーブ畑も目に付くようになり、やがて広がりを見せた。
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2009年12月26日

リビア世界遺産紀行-03

 5時半に起床。朝といっても、昨日の晩から風切り音に悩まされたりで、何かすっきりしない朝を迎えた。junは日記を書き始めた。一方noriは写真の整理などをしていると、朝食の目標時間6時半になった。
 ホテルの朝食場所は夕食と同じ所。チェックをする人もいない。先客がいたが、我々のグループの人はいなかった。食事はパン類と野菜少々。食事が終わるころに添乗員さんがのぞきに来る。部屋に帰るべくレストランを後にする頃、ようやくグループの一人とすれ違う。部屋に戻ると電話が鳴っている。急いで取ると添乗員さんのモーニングコールであった。
 日記などを書いて過ごしていると、外が明るくなってきた。日の出を望める訳ではなかったが、空がピンク色に染まり、潮目なども眺められて美しかった。
 集合時間は9時。少し早めに行ったら早すぎた感じだった。今日はこれからジャマヒリヤ博物館と、サブラタ遺跡にゆく。ジャマヒリヤ博物館はホテルから至近だ。すぐに到着した。ここは赤壁城の一部を使って展示されており、赤壁城の内部に入れる唯一の建物でもある。日本風に言えば、国立考古学博物館という感じだろうか。
 ジャマヒリヤ博物館でツアー中この後同行したツアーポリスのハイメン氏と初めて対面。いかにも警察官らしいがっしりとしたヤツだったが、中身はぐうたら警察官で実はあった。まぁエジプトなどでも同様の姿が見られたから仕方がない。我々の安全を保証すると言うよりは我々を監視するという方が任務的には強いのだろう。見た目だけだが武器も携帯していない感じだった。
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2009年12月25日

リビア世界遺産紀行-02

 乗り継ぎのロビーへ入るときに簡単にX線検査。難無くパス。
 次の便まで4時間ほどあるので、エミレーツの無料レストランが使えるという。希望者でそこへ向かったが、結構な人で混雑していたので、我が家は集団から離れ、プライオリティパスが使えるマルハバラウンジへ行くことにした。
 エミレーツのトランジット客がサービスを受けられるレストランとは反対側の方向にあるので、かなり歩いてようやくという感じで到着。手続きは簡単に済んだ。
 中は広くてゆったりと椅子が配置されていた。それはそれでよいのだが、そのために椅子の数が少なくほぼ満席状態で、韓国が中国の男性と相席させてもらった。(後でわかったのだがエレベータの裏にも座席があり、そこは空席が目立った。)
 アルコールもあるなど、飲み物の種類も豊富だったが、機内食で結構腹にたまっていたので、軽く済ませて、パソコンやゲームをしながらゆっくりと過ごした。椅子の座りごごちがよいので、気持ちがいい。帰宅時も、ここが利用できれば申し分ないと思った。
 我が家は二人ともタイツをはき、長袖のTシャツに上着というスタイルだったので、暑かった。係員は半袖なのだ。しかもコートは真冬用の厚いもの。荷物になった。
 9時発なのだが、8時15分から搭乗になるので、それまでゲートに来てくれと言われていたので、8時前にそこを出て、140番搭乗口へ向かう。マルハバラウンジは232搭乗口の近くなので、かなり歩く。人混みを抜けて歩いて行くので、結構時間がかかった。
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2009年12月24日

リビア世界遺産紀行-01

 出発が羽田から、しかも夜の便と来ているので、noriは仕事を終えてから来ることになり、それぞれでの出発となった。この形の出発は今回で4回目。悪くない旅立ちのスタイルだ。
 noriは職場を定時の5時になると飛び出した。junもだいたの見当をつけておいたので、少し前に新宿に到着しており、無事に合流できた。その上渋谷では運良くというか席を譲ってもらって二人して座ることができた。品川に到着するとなんと羽田空港行きの急行がホームに滑り込む所だった。こうして羽田には6時を少し回った時間に到着した。
 集合時間は7時40分。例によってかなり時間があった。いつものように早め早めの感覚が身についている。
 まず、荷物を受け取りに行った。今回はいつものABCをやはり利用したが、回数券は成田のもので使えなかったので、割高だった。その上受け取り場所がよくわからず、うろついた。結局JALカウンターにあった。
 1時間も早かったが、添乗員さんのMさんが、例のユーラシアスタイルの集合準備を始めたので、早速申し出てパスポートと書類の入った封筒などをもらった。次ぐいてJALカウンターへ行き、チェックイン。今回も既に座席は決まっているので、ただ発券してもらうだけだ。荷物は、最終のトリポリまでとなる。
 再集合までの時間を利用してカードラウンジで一服した。出発階では手続きをしてからでないとないので、到着階へ行った。狭い部屋で、椅子もそうはなかったが、利用客が少ないので、十分だった。サービスは飲み物のみ。寂しい内容だ。
 今回は男性4人、女性8人の計12人グループだ。夫婦は3組。まあ、そんなものだろう。再集合して、顔合わせをした。皆初めての人ばかりだった。
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2009年09月26日

米国西部公園周遊(16)帰国

 このノースウエストは機内に入るのが早い。13時25分発だというのにその1時間も前の12時40分には機内に案内された。と言ってすぐに飛び立つわけではない。延々とそのまま待たされて、ようやく離陸したのは13時48分。乗客はかなり前に揃っているのに、何故こうした方法をとるのかわからない。
 今回は後ろから3列目。なので、機内に入るのは早く案内されたのでなおさら待つ時間が長かった。
 飛び立って1時間もすると飲み物のサービスが始まった。ビールとワインだけは無料なのでそれぞれをもらった。
 1回目の食事はその後更に1時間ほどしてから。ビーフorチキン。勿論一つずつもらう。その後しばらくはお休みタイム。
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2009年09月25日

米国西部公園周遊(15)サンフランシスコから帰国の途へ

 とうとう帰る日になった。出かける前には16日間というのは長いなあと思っていたのだが、その日になってみると早いというのが実感だ。
 出発はゆっくりなので、今朝はもっと遅く起きるつもりだったのだが、いつものように目が覚めてしまった。荷作りをしながら朝食の時を待ち、時間になるとすぐに出かけた。ビュッフェスタイルだが、内容はあまり豊富ではない。
 その後、近くをフラフラした。と言っても前の公園の周りをグルリとしただけだが、冷たい空気が心地よかった。空を見上げるとこれまでとは違って霧に包まれて高いビルの上が見えない。話には聞いてはいたがこれほどまでとは。
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2009年09月24日

米国西部公園周遊(14)サンフランシスコ

 起床(0450)。今日も出発が早い。ホテルにレストランがあれば、調節ができるのだが、また外へ食べに行かねばならない。眠い目をこすりながらの起床となった。といってもモーニングコールの1時間以上も前だから、我が家の勝手というべきか。
 しかし、幸いなことにインターネットが無料で使えるので、退屈することはない。
 オークハースト・ホテル発(0700)。ホテルを定刻に出発してすぐに朝食のレストランへ。昨日と同じ所。でも昨日より遅かったために、今日はオープンだった。昨日と違うメニューで用意してくれていた。また、ジュースをゲットしてバスへ持ち帰る。noriも今日はジュースにした。
 サンフランシスコへの道は、昨日とは打って変わって緑豊かな牧草地帯を走る。途中の畑にはトウモロコシが見られた。バイオ燃料の関係で、最近栽培量が増えたのだそうだ。
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2009年09月23日

米国西部公園周遊(13)ヨセミテ国立公園

 夕べの到着は遅かったが、今朝は早い。起床は4時40分。このホテルにはレストランがないというので、出発もまた早いのだ。荷物整理をするだけの時間と言うことで、モーニングコールの20分前という起床時間。我が家にしては珍しく遅い。
 ホテルを出て(0600)まずは朝食のレストランへ。まだクローズの看板が出ていたが、特別に用意してもらったらしい。セットメニューだったが、十分な内容だった。それにしても、レストランの着いていないホテルとは・・・。飲み物はジュースと牛乳があったが、それぞれ持ち帰り可能な容器に入っていたので、junはジュースを、noriは牛乳をゲット。ただし、noriの牛乳は飲みかけでバスに置きっぱなしにしておいたら、帰りにはなくなっていた。きっと運転手さんが片付けてくれたのだろう。すまない。
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2009年09月22日

米国西部公園周遊(12)デスバレー国立公園-ヨセミテ国立公園

 起床(0500)。今日は大移動の日だ。今日も出発は結構早め。まあ、家にはあんまり関係ないが。
 朝食は6時から昨日のレストラン。ビュッフェスタイル。
 そこで、昨夜は熱帯夜でよく眠れませんでしたね、という会話があったが、家はぐっすりと眠れたので、そんな風には思えなかった。
 ホテルから出るとき、ちょこちょこ忙しく動き回る鳥がいた。ロードランナーというのだそうだ。
 そこからバスでデスバレーの観光に向かう。
 ゴツゴツした岩の平原はデビルスゴルフコースだ。こんな所では悪魔しかゴルフをやれないというユーモアの名付けなのか。
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2009年09月21日

米国西部公園周遊(11)ルート66-デスバレー国立公園

 起床(0415)。今朝も朝食が付いていないので、日本から持ってきたカップラーメンとスープで済ませた。コンチネンタルの軽い食事なら、これとあまり変わりはないので、これでもいいなというのが我が家の感想。
 しばらく荷物の整理やこの日記を書きながら時間を過ごす。
 今日はデスバレーまで753kmという大移動の日だ。
 ホテルを出発して1時間ちょっとすると「ルート66号」に入った。この道は、かつて西部へ走っていた鉄道の補修のために造られた道で、長い間東部から西部へ続く道路としてかなり賑わっていたそうだ。モータリゼーションの波が押し寄せた時代、西部の豊かな生活をも止めて家財一式を積んだ車が西へ西へと向かったルートだったという。今では併走するようにいくつものハイウエイが出来てしまったので、そのほとんどは使命を終え、所々に残存区間が残るのみとなっている。
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2009年09月20日

米国西部公園周遊(10)グランドキャニオン

 起床(0430)。昨日はたっぷりと夕日を楽しんだが、今朝は朝日を楽しむというので、早起きだ。
 これはオプションなので、全員参加ではないが、我が家は当然参加。早起きも苦にならない体質だ。二人共に。体を温めるためにスープを飲んでから、寒さ対策をしっかりして集合場所へ行った。
 参加したのは9人。バスに乗って出発。シャトルに乗らなくても行けるマザーポイントで、朝日を待つ。
 それぞれ自分のポイントを見つけて待つことになった。noriは少し上で、junは手軽な所で待つ。やがて、徐々に人が集まってきた。やはり日本語が多い。日本人にとってはここは最大の観光地のようだ。おまけに、こういう事が大好きな民族だからなおさら多く集まってくるのだろう。
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2009年09月19日

米国西部公園周遊(9)アンテロ−プキャニオン-レイクパウエル・ダム-グランドキャニオン

 今日の出発は少し遅いので、ゆっくり目覚ましで起きて(0530)、身支度だけしてレストランへ行った(0630)。今日は一番乗りだった。受付で、何というグループかと聞かれたが、全く聞いていなかったので、ガイドさんの名前やらグループの人数やらを言って何となく席を指定された。メニューはたいしたことがないので、トーストを2枚食べた。
 そのうちいつも一緒にいる2名が来たので、席を教えてあげてから部屋へ戻った。
 今日のゆっくりの理由は、アンテロープキャニオンに日が差し込む辺りがよいと言うことで、それに合わせたためだ。入り口は荒野の中にぽつんと建つチケット売り場?掘っ立て小屋があるだけだ。
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2009年09月18日

米国西部公園周遊(8)メサ・ヴェルデ国立公園-フォーコナーズ-モニュメントバレー

 いつものようにモーニングコールより1時間早めに起床(0430)。荷物の整理を終えてバゲージダウンしてから朝食会場へ行く(0600)。早めに行ったので一番乗りかと思ったら、そうではなかったので正直驚いた。本当に今回のメンバーは早い。
 まだ開いてなかったので、待っていると係の人が来て開けてくれた。
 内容はごくごく簡単なもので、パンと卵程度。ワッフルもあったが我が家は食べず。ここで、驚きの事件。後からやってきたメンバーの一人が、パンにつけるバターと間違えてピーナッツバターの方を取ってしまい、ふたを開けてからそれに気づいて開いたままのそれを元に戻したことだ。それが普段から得意げに蘊蓄を披露している御仁なのだから、全く何をか況んやである。
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2009年09月17日

米国西部公園周遊(7)アーチーズ国立公園

 朝はいつものように早起き(0500)、といってもやはり目覚ましで起こされる。荷物の整理を終えてドアの外へ出してから朝食のレストランへ行く(0700)。が、先に行った人たちが入れないと騒いでいたので、一緒になって入り口のところでたむろしていると、レストランの人が来て、ビュッフェでは無い席の方へ案内してくれた。ということで、お仕着せのメニューになったが、皿にたっぷりと盛りつけて持ってきてくれたので、大半残してしまった。
 ホテルはアーチーズのほぼ近くなので、出発するとまもなく看板に着いた。今日もまずは看板で、さあ皆さん写真を撮ってきてください、ということになった。ここの看板はちょっと控えめだ。
 ゲートを通過していよいよ国立公園の中。
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2009年09月16日

米国西部公園周遊(6)ブライスキャニオン国立公園-キャニオンランズ国立公園-デッドホースポイント州立公園

 目覚ましの音で目覚める(0500)。さすがに疲れが出てきたようで、なかなか起きられなくなってきた。それでもモーニングコールの時刻よりはかなり早い。荷物の整理をして朝食の時間を待つのはいつものパターン。
 夕食はかなり並んだので、早めに言ってくださいと言われていたので、少し早めにレストランへ行く(0630) 。既に行列ができていたが、調子よく同じツアーの人の後ろへくっついた。列の一番はやはりツアーの人だ。ビュッフェスタイルなので好きなものを取りに行くが、ここのホテルはメニューも豊富で、しかも野菜が多いのでいい。
 部屋に戻って少しゆっくりした。
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2009年09月15日

米国西部公園周遊(5)ザイオン国立公園

 ユタ、アリゾナ、コロラド、ニュー・メキシコの4州にまたがり、楕円を描くように隆起した広大な台地は、コロラド・プラトーと呼ばれている。その西端、ユタ州南西部に位置するのが、ザイオン・ナショナルパーク。1919年に国立公園の指定を受けた。
 ザイオンZionとはヘブライ語で、「安全地帯」「避難場所」などという意味で、当時この谷に定住していたモルモン教徒の開拓者たちによって名付けられたといわれている。シオニズムのシオとも同一語源と思われる。現在の総面積約593平方q(東京都の約4分の1)の広さがある。
 園内は大きく3つのセクションに分かれている。中心部となるザイオン・キャニオンは、バージン川が削りあげた高さ600〜800mの岩壁に囲まれた峡谷で、リムからキャニオンを俯瞰するグランド・キャニオン国立公園とは違い、地上からキャニオンを見上げる。その谷幅は約800mと、ヨセミテヴァレーの半分程度である。
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