2010年12月31日

バングラデシュ世界遺産紀行E

 朝はいつも早い。
 いつものように健康チェックをしてから荷作りをする。いよいよ残す所わずかになって、今日は最後の宿泊地ダッカへと向かう。
 朝食はトースト、オムレツ。代わり映えのないメニューだ。
 今日はまた、バスは後ろの席に陣取る。懲りない面々だ。
 ホテルを出ると白い旗があちこちで目に付いた。選挙ポスターなのだそうだ。人の顔とマークが印刷されていた。このマーク、サッカーボールだったり、鶏だったり、人によって異なっていた。
 舗装道路からガタガタ道に入る。揺れが一段とひどくなる。
 この辺りも畑地帯で、緑緑していた。そこで働く人たちは家族なのだろうか。それとも共同体なのだろうか。
 そんなことを考えながら周りの写真を撮っていると、初めて踏み切りストップとなった。列車が通って行った。これまで線路は何度も目にしていたが、廃線ではなかった。ただ、バスの座席が後ろなのでうまく撮れなかったが。
 ただ不思議なのは、列車が通り過ぎて線路まで来ると、その線路にたくさんの店が並び人々が行き来していたことだ。あの列車はいったいどこを走ったのだろう。
 この辺りは繁華街らしく、たくさんの人と店があった。
 教会もあった。その角を曲がると更に狭くて悪い道になる。バスは道に迫る木の枝を擦りながら走るようになった。
 やがてバナナやサトウキビの畑なども見られるようになる。
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2010年12月30日

バングラデシュ世界遺産紀行D

 夜中寒かった。何とかヒーターを入れようとしたのだが、駄目だったので、靴下を追加して,それでも寒かった。
 二人ともそんな感じでもそもそし始めたので、お茶、コーヒーを飲んで体を温めてから,少し荷作りなどをした。
 朝食は、まあ、このくらいあればいいかという程度。ただ、トーストがあるので有り難い。
 出発時、外へ出ると珍しく雲があった。
 ホテルを出て、マハスタンまではそれほど長い道のりではない。その道すがら、見付けた物は、またもや線路。列車が走っているのはこれまで見ないが、線路は何度もある。この赤い旗は、電車が来ないことを示しているのか、もう廃線になってしまったと言うことをあらあわしているのかは分からない。が、線路は錆び付いてはいないように見える。
 また煉瓦工場も目に付いた。煉瓦工場は各地で目にすることができた。雨期は仕事ができないというので、今がかき入れ時。あちこちの煙突から煙が立ち上っていた。
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2010年12月29日

バングラデシュ世界遺産紀行C

 いつもモーニングコールの前には起きる。ただ、今回は、朝食時間の30分前がコールの時間なので、我が家にとっては遅すぎるせいもある。
 朝へ健康チェックから始まって色々とやることが多い。
 今日もそれらを済ませて朝食会場へ行く。まだ全品は揃っていなかったので、ある物で適当に頂いた。
 最後の写真は、たぶん「シェマイ」というデザート。もっとも現地の人がデザートと思っているかどうかはわからないが、砂糖をたっぷり入れた牛乳の中にソーメンが入っているような感じのもの。震えがくるくらい甘い。残してしまった。
 バスの座席は,今日は一番前。ということでガラスに色が付いているので、写真の色が黄色みがかっている。
 既に町には活気が溢れていた。が、まだリキシャの活動時間ではないらしく、荷車やトラック、バスなどが多く見られた。積めるだけの荷物を積んで、ちょうど運んでいる物が多かった。バナナや、キャベツ、サトウキビなどがあった。
 このトラック、なかなか綺麗に装飾が施されている。リキシャアートから波及した物らしい。
 勿論道路際の店も開いている。通学する学生の姿も見られた。
 途中、バングラへ来て初めて線路も見た。さすがに線路で商売をしている人は見かけなかったが、普通に通路として利用している人たちは大勢見かけた。それほど列車が通らないのだろう。
 バスはジョソールを通過した。本当ならここまで飛行機の移動になるはずだった町だ。が、それに変わるバス移動は、バングラをより知るのにはよかったように思う。
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2010年12月28日

バングラデシュ世界遺産紀行B

 夜中、トイレにも行ったが、そこはスイッチで必ず付いたので、懐中電灯の心配はなかった。ただ、天井から水滴が落ちるので、ドキッとした。その正体は朝に分かった。
 また、寝ずの番なのか、船尾にずうっと一人がいた。
 朝、岸の方からアザーンが聞こえてきた。たぶん近くに村でもあるのだろう。もしかしたら昨日小島の村からかもしれない。あの村にも確か、平屋だが拡声器のついた建物があった。
 起床時間よりも早かったが、電気もついたことだし起きようかとモゾモゾしていると、エンジンが動き出した。もちろん船に電話などなく、モーニングはノックでするとのことだったが、これではモーニングノックがなくても皆起きるはずだ。
 早めに外へ出たnoriが、日が昇ってくると言うので、船尾へ出て、幻想的な夜明けを見た。ただ、かなり靄が深いようで、太陽は見えなかった。
 それでもすでに出漁している船があった。
 テラスへ行ってみると、雨が降ったかのようにイスの上に水がたまっていた。手すりもビッショリだった。夜中のトイレの水滴の正体はこれ。湿気が多いせいだというが、その量たるや半端じゃない。
 小舟も同じ様で、船員さんがゴザを敷いていた。
 このシュンドルボンで、我が家は253個目の世界遺産訪問になる。ということで記念撮影。
 この頃ようやく太陽がうっすらと見えた。
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2010年12月27日

バングラデシュ世界遺産紀行A

 日本時間にして2時30分頃。真夜中をちょっと過ぎた辺りにミニカップラーメンが配られた。勿論おにぎりもあったのだが、我が家の選択肢はこれしかない。隣の外国人も箸を使ってそれを食べていた。
 その後は映画を見たり、ゲームをしたり、居眠りをしたりして過ごす。映画は、日本語版にはこれといったものがなかったので、英語版のを何本もチョコチョコッとかじってみただけだ。
 6時を回るとお手拭きに続き朝食が配られた。
 パン、ハム、チーズ、フルーツヨーグルトという軽食だが、それでも十分だった。
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2010年12月26日

バングラデシュ世界遺産紀行@

 今回は関空集合。荷物も関空まで送ってある。
 つまり羽田から関空までは、自分たちだけでいくことになっている。といっても、ことさら新しいことをするわけではないのでいつもの出発と同じ。切符の手配は、今回世話になる旅行会社でとってもらってある。
 朝はいつもの出勤時間とほぼ同じようなスケジュールで起床し、少し時間をかけて身支度を整えて家を出た。
 今回は、関空出発と行っても、関西での募集旅行なので、関空までは自分たちで行かなければならない。最近考えると、海外は勿論だが、日本国内の旅行も殆どパッケージツアーで済ませている。自分たちで行くのは、箱根の保養所か、避暑にゆく札幌位のものだ。
 それ故に、関空までといえどもかなりおっくうな感じがする。自分たちで選択したのだから文句を言うわけにはいかないのだが、ややストレスを感じてしまう。
 とはいえ、半月あまり前にも羽田に行っているので、何か障害を感じるということはない。前回がANAで今回がJALという違い位だ。最近はめっきりJALからは遠のいていたので、それくらいの要素しかないのだが、それでも無料のカードラウンジのクロワッサン目当てもあり早めに家を出てしまった。
 いつもは新宿での乗り継ぎに時間がとられるのだが、今回は結構スムーズにできた。
 品川からはゆったり座ることができた。
 羽田に着いてからまず、自動チェックインの機械を探して手続きをした。驚いたことにもうほとんどの席が埋まっていて、2人並んで取れる席は一つしか残っていなかったので、選ぶなどということもなくそこにした。
 確かに子供たちはもう休みに入っているとは言え、フライトの2時間も前でこの状態だった。
 チェックインをしてしまえば、預ける荷物もないので、朝食をとるためにいつものようにカードラウンジを目指す。
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2010年09月28日

オーストリア世界遺産駆け足旅行G

 日本時間にして2時30分頃。真夜中をちょっと過ぎた辺りにミニカップラーメンが配られた。勿論おにぎりもあったのだが、我が家の選択肢はこれしかない。隣の外国人も箸を使ってそれを食べていた。
 その後は映画を見たり、ゲームをしたり、居眠りをしたりして過ごす。映画は、日本語版にはこれといったものがなかったので、英語版のを何本もチョコチョコッとかじってみただけだ。
 6時を回るとお手拭きに続き朝食が配られた。
 パン、ハム、チーズ、フルーツヨーグルトという軽食だが、それでも十分だった。
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2010年09月27日

オーストリア世界遺産駆け足旅行F

 夕べもかなり降っていたが、今朝は、路面は濡れているがどうやら雨は上がったようだ。
 ゆっくりの出発なので、朝起きるのも朝食も我が家にしてはゆっくりだった。
 朝食を済ませてから、本格的に荷物の整理をした。いつも帰るときには、当然と言えばそれだけのことだが、重量がオーバーしてしまう。今回は携帯秤を持ってきたので、それで何度も計り直しては荷作りのやり直しをして、どうにか二つとも荷21、6kgまで落とすことができた。
 それからは日記の整理をしたり、絵はがきを書いたりした。この絵はがき6枚は、フロント横のポストに入れる。ウイーンなら大丈夫だろうと思ったのだ。
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2010年09月26日

オーストリア世界遺産駆け足旅行E

 昨日からの雨はいっこうに止む気配を見せず、というより益々ひどくなっていくようで気が重い。
 今日は渓谷沿いを走るので、こんなお天気では、セメリングの二の舞だ。
 そんなことを思いながら朝食へ。ここにはご飯があったので、noriは卵かけご飯にした。junはオーソドックスに洋食。
 出発の頃にも横殴りの雨風の模様なので、雨用の厚手のヤッケを上下ともに着込む。
 ヴァッハウ渓谷へ、雨の中の出発となった。今日は一番はじめに座席を取る番なので、最初に乗り込むことを狙っていた。その甲斐あってめでたく二人とも一番前の席をゲット。ただし、雨のガラス越しなので、あまり写真は撮れないなあ、とやや気落ち。
 走り出して、煙突のある現代美術的値建築物が目に入ってきた。それはゴミ焼却場とのこと。そういえば確か地球の歩き方に出ていた。
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2010年09月25日

オーストリア世界遺産駆け足旅行D

 朝食は大混乱だった。我が家はいつものようにやや早めに行ったのだが、そのときには既に行列ができていた。時刻になって係の人が開けてくれたのだが、その列はいっこうに進まないので、並ばないでまず自分の席を確保せよと言うことになった。
 すぐさまnoriが中に入って席を確保。junはそのまま皿の列に並んで食べるものを確保した。
 少し遅れてきた人はもう席がないので、うろうろするばかりだった。
 お天気は良くない。今にも雨が降りそうだ。
 今日は列車でウイーンまでの移動となる。まずバスで駅まで送ってもらい、我々を下ろしたバスはそこから直接ウイーンへひた走ることとなる。
 昨日のガイドさんが、列車の切符などの手配をしてくれるというので、駅まで世話をしてくれる。
 センメリング鉄道は世界遺産に登録されている。アルプスの峠を越えたヨーロッパ初の山岳鉄道として知られており、ウィーンとグラーツを結ぶ路線のグコグニッツからミュルツシュラッグまでの約42kmの区間に15のトンネルと16の高架橋がある。
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2010年09月24日

オーストリア世界遺産駆け足旅行C

 相変わらず時差調整が体にできていないので、目覚めは実質はもっと早い。今回の旅は、いつもなら欧州方向ではそんなにひどい時差ボケには旅行中にはならないのだが、かなり二人ともひどい。時間的な問題のか、急に老けてきたのか。とにかく体内時計との折り合いが悪く、苦しんだ。
 今朝は周りが見本市会場と単なる住宅地なので、散歩はない。
 昨日より今日は全体的に30分遅いスケジュール。ただし朝食は同じ時間から開いているので、朝は昨日と同じ時間に食堂にゆく。メニュー的にはすこぶる充実しているので、ついつい食べ過ぎ傾向。
ザルツブルク・ホテル発(0804)
 今日はオーストリアの湖水地方を最初に巡る。ウィーンからインスブルックの機内でも実は湖のようなものがいくつか見えることができたが、それらと同一なのかもしれない。
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2010年09月23日

オーストリア世界遺産駆け足旅行B

 朝に例によってだいぶ前に目をさましてしまい、いろいろやっていたが、数独も日記もいい加減に飽きたので、早朝の散歩を久しぶりにした。と言ってもだいぶ外は暗く、ウズラほどの鳥が草むらにたむろしているのがシルエットで見えるばかりであった。川沿いまで行って引き返すと、行きにシルエットだけだった教会が少し明るくなって光を得て綺麗に見えた。
 教会の正面に回ると、ローマ神殿風のファサードで、狛犬ともスフィンクスとも見える獣で守られていた。ホテルに戻ってくると、添乗員さんが外に出ていて、朝日に照らされ始めた山の標高などを解説してくれた。
 部屋に戻り、荷物を出して、食事に向かった。食事もまだ始まったばかりで、夕食のようにいくつもの団体でごった返していた。我々もアメリカ人とおぼしき団体と共通の場所でのビュッフェスタイルだったが、それプラス少しだけ暖かいものがあった。
 今日も最初に食べ終わって、紅茶のティーバックをくすねて朝食場所を後にした。部屋に戻って、窓から外を見ていると、教会に隣接している学校へ行く子供たちのちょうど登校時刻だった。
 それから最後の身支度をしてロビーに降りた。
 8時を数分回ったところで、ほぼ予定通りに出発。
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2010年09月22日

オーストリア世界遺産駆け足旅行A

 うつらうつらの一夜だった。時差ぼけなどとはあまり縁がない旅行をしてきたのだが、やはりトシのせいか熟睡はできなかった。
 仕方なく3時には起きることにして、健康チェックの後、日記を書いたり今日のコースを確認したりして長い時間を過ごす。
 ようやく朝食の時間時なったので下へ降りていく。朝食は全員がそろってから一緒に行くことになっている。ビュッフェスタイルで、味は悪くなかった。
 朝食から出発まで1時間しかないので、さっさと済ませて部屋へ戻り最終確認。
 外は深い霧に包まれている。飛行機での移動なので、飛ぶのかどうか気になる所だ。
 バスは昨日来た道を引き返し、空港に向かう。一面靄がかかっていて、太陽も朧月状態で、幻想的な感じ。こうした天気は日中には晴れる。今日もウィーンは晴れだろう。しかし我々はウィーンを後にしなければならない。インスブルックもかくあれと祈る。
 さてオーストリアのカウンターへ行こうとすると、まず、それぞれが自動チェックイン機で手続きをしてから、といわれた。機械はたくさん並んでいて確かにみんながこれを使いこなせれば効率がいいのだろうが、説明する係員もそういるわけでもなく、結局あちこちからこれどうするの?次どうするの?と日本語が飛び交うようになった。我々も先頭切って機械に向き合った。日本語画面もあるのだが、どうも何をしたいのかの説明がないので、要領を得ない。それでも格闘していると、結局これはらちがあかないと思ったのだろう、結局はカウンターでよいということになった。
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2010年09月21日

オーストリア世界遺産駆け足旅行@

 朝4時に起床。初めてのコースを試みる。
 浅草橋から成田スカイアクセス線を通る、直通運転だ。しかしこのコース一部では既に熟知されているようで、青砥に到着する頃には殆どが成田空港への客のようになった。皆スーツケースを持っているからそれとしれる。noriの隣はキャビンアテンダントだった。
 浅草橋からは1時間で到着する。その前のJRに乗っている時間が30分くらいだから、驚異のスピードだ。
 今回はユーロ圏なので、高いときの両替したユーロがたくさん残っているからその心配もない。JALABCのカウンターで荷物を受け取る。
 まだ早くて手続きができないので、少し椅子に座って待つ。8時25分からの受付だったが、30分ほど前にはしてくれた。
 ほかのカウンターは混雑していたが、クラツーの人は殆どいなくて予想外だった。やはり海外旅行は阪急が強い。でも今回は、JTBや阪急に吸収されてしまった阪神航空などのツアーの客と一緒になった。
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2010年07月25日

ロシア世界遺産巡りH

 朝6時にお手拭きが配られた。30分後に軽食。これは選択の余地がない。
 8時7分に着陸。ほぼ予定通りだ。その後入国審査。自動化されているので列に並ぶことはなかったが、手続きの仕方に戸惑って手間をとってしまった。
 荷物はいつものように宅配に頼んだ。
 今回は開通したアクセス線に乗って、新ルートで帰宅。約2時間。
 東京もやはり暑かった。
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2010年07月24日

ロシア世界遺産巡りG

 いつものように起きていつものように健康チェックをして、いつものように過ごした。サンクトペテルブルクでフロントに頼んで葉書を出したので、こちらでもそうしようとフロントへ行く。郵便はあてになりません、と添乗員さんに言われてはいたが、まあ、ロシア人を試そうという気もあったりして、懲りずに持って行った。ところがフロントでは扱っていないというので、ややがっかり。
 朝食時には、また今日の昼の分もゲット。少ない紙で苦労してパンを包んでいたら、東洋系のウエイターが見かねたのかたくさん紙を持ってきてくれて恐縮しきり。
 それからインターネットを試みるとつながったので、ニュースを見る。スイスの氷河特急が脱線して日本人に死者や意識不明の重体者がいるという。けが人も多数とか。せっかくの人気ポイントで楽しんでいただろうに可哀想なことだ。
 また、ロシアの猛暑が日本でもニュースになっていた。観測を始めてから最高の気温を記録したとか、暑さのために水に飛び込んで水死者が出たとか、モスクワ名物の渋滞が消えたとか、レールが曲がって地下鉄がストップしたとか、日本の暑さを避けてこちらへきたつもりが日本以上の暑さの中にいる。
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2010年07月23日

ロシア世界遺産巡りF

 朝起きて、いつものように健康チェックを済ませ、もう一度インターネットができないかどうかを試すことにした。がやはり駄目だ。どうやらカードを購入しなければいけないようだと気がついて、フロントへ行った。
 若いフロント係に聞くと、1時間350ルーブルだという。ちょっと高い、どうしようかと迷っていると、フロント前ならフリーで使えると教えてくれた。試してみるとすぐにではなかったが何度かやっているうちにつながった。ウエーブチェックインもうまくできた。フロント係の人にお礼を言って朝食会場へ行った。
 朝食を済ませてから出発の用意の最終確認を終えた。
 まさにモスクワの中心地。文化的にも政治的にも生活面においてもすべてがクレムリンを向いている。勿論今日の観光もそこが目的になる。
クレムリンとは、もう何度も耳にしてきたことだが、「城塞」という意味であり、周りは城壁で囲まれている。ここもその例に漏れず、20の城門と大小19の塔を持つ城壁で囲まれている。
が、1156年ウラジーミル公ユーリ一・ドルゴルーキーによって初めて造られた頃は、モスクワ川に沿って造った木造の要塞であり、当時は現在の10分の1以下の規模にすぎなかった。その後、タタールの襲撃に何度も苦しめられ、1485〜1495年に難攻不落なレンガ造りの城壁、見張り塔など、今日あるクレムリンの原型になるものが造られた。城壁は三角形をしている。
ここの内部には大統領官邸や、大クレムリン宮殿やウスペンスキー大聖堂などが建ち並んでいる。また、皇帝の衣装や金銀ダイヤをふんだんに使った王冠や玉座など貴重な所蔵品を持つ武器庫やダイヤモンド庫も有り、今回のツアーではこの両方とも見学することになっている。
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2010年07月22日

ロシア世界遺産巡りE

 いつものように起きてから健康チェック。その後、まずは散乱した荷物の整理。広げるだけ広げた状態だから、ひどいものだ。
 モーニングコールはノックという手段による。
 これでもこの町では一番大きなホテルだそうだ。
 そのうち朝食になったので、レストランへ行く。品数はよくそろっていた。
 朝食後、部屋に戻って荷作りをしたが、暑くて部屋にいられないので、早めにロビーへ行った。この時点で24度しかないので、外の方が涼しかった。
 出発時には26度。今日も暑くなるそうだ。
 バスが走って程なく観光するスズタリの町へ着いた。
まっすぐな道はメーンストリートで、3.5kmしかないが、まっすぐな道はここだけで、他は昔のままの曲がりくねった道になっていると言うことだ。
 人口は1万1千人とあまり多くはないが、土・日は観光客が多く訪れて賑やかになるそうだ。なにしろ町の70%の人が観光で生計を立てているというほどだ。
 ここには60もの教会がある。修道院は5つ、鐘楼は16ある。
 昔鍛冶屋や道具を作っている人など、それぞれ独自の神がいて、それぞれで教会を造ったためだという。これってロシア正教ではなかったのか?キリストは一神教だと思うのだが。聞いているときには、ふーんそうなのか、としか思わなかったが、考えてみれば疑問符がつく。
 町は大きく、クレムリン、市場の広場、教会の3つに分けられる。
 この中で、クレムリンのロジュジェーストヴェンスキー聖堂、スパソ・エフフィミエフスキー男子修道院、ポクロフスキー女子修道院、ボリスとクレーブ教会の4つがユネスコの世界遺産に登録されている。
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2010年07月21日

ロシア世界遺産巡りD

 今日はモスクワに移動する。その飛行機が朝早いので、起床は3時半。
 いつものように健康チェックをし、その後朝食。
 朝食はランチボックス。空港へ持ち込めないと言うので、部屋で食べるように言われたが、朝早くてそれほど食欲がないので、サンドイッチとリンゴジュースだけいただく。ヨーグルトとリンゴは部屋に残しておいた。
 それからスーツケースを持って降りていった。
 いつもならドアの外へ出しておいて運んでもらうのだが、このホテルは荷物の扱いが雑すぎるので、自分たちで持って行くことにした。
 それから最後のサンクトペテルブルクを目に焼き付けて空港へ向かった。
 空港に入るときに荷物検査があるかもしれませんと言うことだったが、何もなくチェックインカウンターまで移動。簡単だ、と思っていたらそうではなかった。
 まず、カウンターでチェックイン手続きをし、搭乗券を受け取る。そこからスーツケースを持って横に移動してスーツケースのX線検査。OKだと係員が、一つ一つエレベーターで下へおろすという非常に手間のかかるやり方に驚いた。
 その後出発ゲートへ移動するときに、手荷物とボディチェック。ここではベルトや靴はそのままで0Kだ。代わりに人は一人一人個室に入って映像でチェックされる。ヌードスキャンかと思って、後の人のをのぞいてみたが、見た目と同じ映像が映し出されていただけだった。それでも金属類などには何かの反応を示すのだろう。
 そこからバスに乗って機内へ。
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2010年07月20日

ロシア世界遺産巡りC

 今朝はゆっくりの出発なので、モーニングコールはない。にもかかわらず4時には目覚めて起きてしまった。
 外は朝焼けというのだろう、とても綺麗な色をしていた。
 一応の身支度をしてから、日記を書いたり夕べ作成した絵葉書を書いたりした。
 その後、朝食の時間になったので、昨日と同じ時間に行ってみると、今日はすでに開いていた。どうしようか迷ったが、ほかの日本人が入っていったのを見て、それに続いた。メニュー内容は少し変わっていた。
 そこで大仕事。と言うのも、今日は昼食がついていない。と言うことはつまり、ここでそれを調達しなければならないと言うことだ。多めに持ってきたパンにハムとチーズを挟んでサンドイッチにして、素早くバッグにしまった。成功。それからは普通に朝食をとった。バナナもほしかったのだが、すべて出払ってしまって手に入らなかった。
 ところで絵葉書だが、昨日ガイドさんに日本までの料金を聞いたのだが、わからないと言う。それも、なぜわからないかと言えば、ロシアでは毎日のように料金が変わるからだという。それに補足して添乗員さんが、郵便よりもネットの方が先行して普及したために、郵便というものはあまり利用されることがなく、従って郵便制度がしっかりできていないから、ということだ。そんなところだから日本へ郵便を送っても到着する保証は全くない。フロントへ頼んでもそのまま懐へ行ってしまうかもしれない。だから葉書などは出さない方がよい、ということだった。
 が、出発までかなり時間があったので、まあ試してみようとフロントへ行った。
 ちょうど出発するグループがいくつかあって、フロント前は大混雑状態だったが、そのすべてのチェックアウトが終わっていたようで、フロントの人は暇そうにしていた。そこで葉書を持っていくとすぐに計算をして1枚70ルーブルだから280ルーブルと言われた。あらかじめ調べておいたのに比べると3倍以上の値段になっているが、まあお試しという気持ちもあって料金を支払った。が、切手をくれるわけでもなく、それは葉書とともにフロントの引き出しにしまわれた。さて、どうなるか、ロシアの良心のテスト。(9月末現在まだ届いていない。後発の葉書はとうに届いているのだから、こりゃ一杯食わされたのかも。)
 それからゴロゴロして出発時間を待った。
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