2005年12月31日

オムレツは自分で

 6時半から朝食というので、ぴったりに行ってみたが、まだ開いてなかった。5分過ぎても開かないのでフロントで確かめると時間は合っている。また戻ってみるとようやく開いた。が、中ではまだ掃除機をかけていて、全く客が来るとは考えていなかったようだ。ジュースなど飲み物の用意もされていなかった。しばらくウロウロしているとようやく準備ができた。
 オムレツを焼いてもらおうと思って頼んだら、係のおじさんが調理場に行って戻ってこないので、道具を使わせてもらって自分たちで作った。則さんなど、チーズがなかったので他の所から持ってきて入れていた。まさに自分の味。
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2005年12月30日

来た道を引き返す気の重さ

 3時半から朝食ということだが、早めに行ってみると開いていた。ヨーロピアンスタイルなのでおかず的な物は何もなかったが、食べられるだけいい。今日も寒いので、ヤッケを上下とも着込んで防寒した。
 修正された今日の予定は右の通り。
 朝から360qの道のりを走り、ムッカラへ向かう。
 早い出発だ。まだ真っ暗な中を四駆は走り出した。1時間もすると徐々に夜が明けてきた。それからしばらく走って青空トイレタイム。ちょうどその時、地平線に太陽の顔が見えた。
 周りが見えてくるようになると、また何もない世界の中にいる事がわかる。本当に何もない。その中を舗装された道路が走り、そこを我々の車が走る。こんな時間なので我々だけかと思えば、時たますれ違う車がいるのは驚きだ。幹線道路なのだろう。
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2005年12月29日

朝から工場見学

 寒い。昨日の日中は30℃まで気温が上がって暑かったのだが、今朝は長袖を着ていても寒いくらい冷え込んでいる。これが砂漠の特徴なのだろう。
 6時から朝食がとれるというので行ってみたが、あまり内容はなかった。ヨーロピアンスタイルの朝食だ。食事を終えて屋上へ上ってみると、ちょうど朝日が昇ってくるところで日に照らされたテーブルマウンテンがきれいだった。
 出発の時、昨日作成した運転手さん達の写真を配った。こちらの人は写真が好きだというので持ってきた機器をスーツケースに入れておいたので、ようやく使えたのだ。皆とても喜んでくれた。が、全員ではなかったので、なかった人が冗談だが怒った顔を見せた。
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2005年12月28日

シバムパノラマ

 今日は長距離(300km)を走ることになるので、出発が早い。今日は6号車。ベテランの運転手だが、それだけに結構我が道を行く人だ。
 道はどこまでも舗装されているのでとても走りやすい。それをいいことにこの人達は飛ばしまくるのだ。周りに見えるのはやはり殺伐とした荒れ地。時々山が形を変えるので面白いと思うが、住んでいる人たちにとっては生活のしにくい土地だろう。
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2005年12月27日

スーツケースと対面を果たす

 移動手段の飛行機が早朝の出発のため、5時にはホテルを出る。そんなに早いのに、きちっと朝食は用意してくれている。といっても、内容的には貧弱であったが、食べられただけよしとするか。我が家はスーツケースがないだけゆっくりはできた。
 空港まではバスで10分ほどだ。イエメン航空は自由席と聞いていたが、今回は指定席だったので、ゆっくりと乗り込んだ。1時間ほどのフライトで、ムカッラには8時頃に着いた。
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2005年12月26日

南北イエメン旧国境

 ホテルから1時間ほど走ると旧南北イエメン国境で停車。国境を挟んで二つの丘の上に当時の見張り台が残されていたが、ほんの小さなものだ。どうしてこんな所が国境なのだろうと思えるほど、地域的にも境目らしき物は見られなかった。でも多分、当時は鉄条網などで仕切られていたのだろうな。統一されて、一応平和の形を整えてからまだ10年ちょっとしか経っていない。
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2005年12月25日

海外で下着類の買い出しだ!

 ホテルを出る前にちょっと嫌なことがあった。イヤホンガイドというのを最近各旅行社は使うが、ここの会社ではそれがレンタル。「壊したら1万円の弁償をしていただきます」って添乗員。しかも、ストラップが装着されていない状態で渡され、それを立ったままつけたので順さんは落としてしまった。「注意してください!」って添乗員。しかし取り扱いに注意が必要なら、ホテルのロビーで立ったままさせるな!と言いたい。
 ホテルを出発して程なく博物館に着く。博物館といっても昔のイマムの宮殿をそれに充てた物で、イマムの使っていた部屋や私物がそのまま残されて展示されているだけのものだ。家具や洋服、装飾品、香水などが展示されている。かなりの贅沢をしていたらしい。香水や高級時計などは同じ物がたくさんあって、献上品としてもらった物らしいが本人の欲もあったのだろうと推察する。
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2005年12月24日

スーツケースの届かない外国旅行

 朝4時30分に朝食をとって、5時にホテルのバスで空港まで送ってもらった。そこで関西組と合流。本当なら昨日乗るはずだった便に乗ってサナアに向かうことになった。丸1日遅れの行程になる。昨日観光するはずの所は、日を改めて行うことになった。気を取り直して機内に入る。
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2005年12月23日

ドバイをまたもUターン

 エミレーツは窓際が2人席なので、座りやすい。しかも映画も豊富にあり、長い夜も楽しめる。今回順さんは、「ロードオブザリング」1〜3話すべてを見た。生憎日本語ではなかったが、何度も見ているので、台詞の見当が付いてそれなりに楽しめた。則さんに言わせると、よくも同じものを何度も見られるものだということになる。映画を見終わってから一寝入り。
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2005年12月22日

関空からドバイへ再び

 2人とも仕事だったので、それを終えてからの出発となる。が、順さんは、大きな荷物を持っていくのは嫌だということで、午後休暇をとって一端家に帰ってからの出発となった。
 電車を同じのに乗ることにして連絡を取り合ったつもりが、則さんは大久保で乗り、順さんは降りてしまったので、すれ違ってしまった。思えばこれがこの旅のケチのつき始めだった。
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2005年08月18日

帰国

 9時16分に着陸して、荷物カウンターへ行くと、早めに出てきた。ここでも順さんがスーツケースを取りに行って則さんはいつもの順さんのように見ていた。ただ、腰がひどくなって降りられなかったらどうしようと心配していたのだが、そういうこともなく自分で歩いているのでよかった。
 荷物を預けて、10時3分の京成特急に乗ることができた。
 例によって、則は痛い腰をかばいつつ職場へ向かったのはいつものことだった。
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2005年08月17日

ミラノ乗りつぎ

 朝起きると則さんの腰の状態が非常に悪く、歩くのもやっという感じになってしまった。実は数日前から調子が悪いといって用心はしていたのだが、最終日に最悪の状態となってしまったようだ。そこで、荷物はできるだけ少なくするように必要最小限にとどめ、後はスーツケースに押し込んだ。リュックは順さんが背負うことにして、則さんは身軽な格好にした。それでも体を動かすのは大変そうだ。
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2005年08月16日

モンレアーレ、パレルモ

 モンレアーレには駐車場から階段を上っていく。91段というが、最後の下り7段を含めてのことだからたいしたことはない。
 最初に大聖堂。1174年にグリエル2世によって建てられた。内部は旧約聖書、新約聖書にちなんだモザイク画で壁全体が飾られている。アダムとイブやノアの箱船など知っている話の物を特に興味深く見た。正面にはキリストが手を広げているモザイク画がある。右から見ても左から見てもキリストの視線と合うように造られている。
 全体が金ピカの感じで金と権力に物を言わせて造ったのが伺い知れる。すごい内部だ。
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2005年08月15日

エリチェ、セジェスタ

 バスが順調に進んでため、昼食の時間より早く着いてしまったので、それまで自由時間となった。この町は狭い道にきれいに石が組まれていて、大きなモザイクの上を歩いているような感じだ。路地も全てがそうなっている。しかし、その石が結構滑りやすい材質で慣れていない者にとってはちょっと歩きにくい上に、山の上に造られた町なので殆どの道が坂になっている。年をとったら生活のしにくい町だろう。が、そんなことを抜きにすれば、本当にきれいな道だ。
 すぐに昼食があるというのに、この自由時間に我々がしたことは、「ライスコロッケ」を食べたこと。やはり観光地なだけにウンベルト1世広場の回りにはお土産屋さんや軽食やさんがたくさんある。ウロウロしているうちに美味しそうなそれを見つけてパクリ。
 昼食後、本格的な観光。教会がたくさんあったが、今はいろいろな会議に利用されているのだそうだ。お城にも行った。ここには海の安全を祈願するヴェヌス神殿があって、無事に戻ってきた船乗り達はここで巫女さん達と愛を楽しんだとのこと。いわゆる売春神殿というのだ。が、その後、キリスト教によって廃止され新たな海の神が造られたとか。しかしこのお城、現在ホテルに改造中。
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2005年08月14日

カルタジローネ、アグリジェント

 カルタジローネはセラミックタイルで有名な町。バスを下りて歩いていくと早速目に飛び込んできた。まずは住居表示。次は橋の欄干の飾り。それから道路。そしてたどり着いたウンベルト1世広場のところのクーポラもそう。水色が青い空に輝いてとてもきれいだった。町中にタイルがあふれている。 でも、一番の見物は別のところにある。それをめざして更に歩いていくと、一斉に「ウォー」という歓声が上がった。目の前にあるそれは、緑、白、赤の3色の灯籠のようなもので飾られていた。遠目にはキリストを抱いたマリアに見える。これはこの期間だけの特別な飾りで、実はそれがおいてある階段そのものが、我々が見に来たものなのだ。
 その階段は、サンタマリア・デル・モンテ教会へ行くものだ。全部で142段の彩色陶板で飾られたこの階段は、その一段一段全て異なった模様になっている。花、、人、建物、動物、幾何学模様など題材は多種多様である。我々は写真を撮りながらゆっくり上がっていったので、また上に着くのは一番最後になってしまった。それでも時間には十分に余裕があったので、教会を覗いてみた。内部は白を基調としてやはりタイルが使われており、上品な感じのする教会だった。
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2005年08月13日

カザーレ荘、パリオ祭

 途中にも今日のパリオ祭のポスターがあったが、ここの入り口にも大きなポスターが貼ってあった。今日はこれを見に行く。その前にこのカザーレ荘の観光だ。
 ここは、モザイクがたくさん残されていることで有名だ。でも、入ると一番にローマ浴場に着く。お湯を通すパイプのようなものを見て感心した。中に入るとここからモザイクの始まりだ。この屋敷は大変広くて部屋がたくさんあるのだが、その全てにモザイクがある。その中で印象に残ったのは、ビキニ姿の女性達、三つ目の男、たくさんの動物たちだ。
 全て写真OKなのだが、保存のためと称してビニールハウスのようにしているので、暑い暑い、その上支柱がモザイクの上に映るので、なかなかいい写真が撮れない。ガラスだとダメという理由でビニルハウスになったというが、短絡というか全くどうにかならなかったのかと思う。 
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2005年08月12日

カターニャ、シラクーサ

 カターニャというのはシチリアで二番目に大きな町だ。レッチェと同じくここもバロック様式の建物の町なのだけれど、レッチェよりも整った町並みのような気がする。
 それにしても暑い。暑いなんてものではない。湿気もたっぷりで、半端じゃない暑さだ。そんな中、今日も観光に出かける。駐車場へ着くともうメチャクチャに車が止まっていて、止めるのも大変だろうけど、出すのもままならないのではないかと思う。
 丁度市場が開いているというので、まずそちらへ行った。すごいの一言に尽きるところだ。人の数も、店の数も、品揃いも。野菜や果物の数の多さはこれまでも目にしてきたが、さすがに周りを海に囲まれたこの島は魚介類の多いこと。昨日の夕食も美味しいはずだ。非常に活気がある。迷子にならないように気をつけながら歩いた。
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2005年08月11日

タオルミナ

 終日タオルミナの観光。ここへは大型バスでは行けないというので、ミニバスに乗って出かけた。タオルミナへ行くまでの道が狭く曲がりくねっているためだ。このバスもタオルミナの入り口のメッシーナ門まで。後は歩いての観光となる。はじめに観光局へ行って地図をもらった。中にはシチリアの飾り馬車とノルマン時代の甲冑を身につけた操り人形が置かれていた。中庭にはアダムとイブの彫刻もあった。昔議会として使われていたのを転用したらしい。
 次にギリシア劇場。ギリシア劇場といっても後にローマに改装されてしまったために、今見られるのはむしろローマ劇場といっていい。ギリシア劇場にはアーチや煉瓦はないのだそうだ。動物や人間を戦わせる闘技場もない。劇を見るために造られたものだそうだ。というわけで、今夜「蝶々夫人」が演じられるということでその準備がなされていて、ちょっとガッカリ。裏へ回ると確かに灯籠など日本らしきものが並んでいたので、少し親近感は持てたのだが。
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2005年08月10日

メッシーナ海峡 シチリア島入り

 今日は大移動。というか移動するだけの日。イタリアの形でいうと、ブーツのかかとの部分からつま先の部分までの移動になるからだ。8時に出発して、1回目の休憩は2時間後の10時。途中メタポンテという町を通過する際に遺跡をみる。更に走ること2時間強。コセンツァというまちで昼食。ここの料理はおいしかった。1時間ほどゆっくりして、またひたすら走り、2時間後に休憩。そしてようやく、ホテルを出発してから8時間後に港についた。
 運良くすぐにフェリーに乗ることができ、すぐに出発となった。後からきた大型車は乗れなかっただけに、ラッキー。風が強かったが、当然我々はデッキ。のつもりが、あまりの強さにそうそうと室内に退散。
 メッシーナといえばサッカーセリエAのチーム名にもなっている。本拠地があるのかな?日本からも誰か参加していたと思う。ここからシチリアになる。
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2005年08月09日

オストゥーニ、レッチェ

 車の激しい通りを歩いて行く。イタリアは、道路が狭いのに路上駐車が多くて歩きにくい。歩道というものがはっきりと設置されていない場合も多い。この町もご多分にもれずそんな町。しばらく行くと上り坂で、益々狭い道になる。ただ、ここは入り口の所で車の進入をチェックしていた。それが中学生にしか見えない若い男の子。夏休みの研修かな。
 どんどん上がっていくと道の両側にはお土産やさんが並んでいる。名前を知らない町だったが、観光地なのだと思った。ここの売り物は白い家。町中が家を白くして美観を保っている。アルベロベッロもそうだが、白という色は汚れ易いだけに保つのは相当の努力が必要だろうと思う。道にはぽいぽいゴミを捨てて汚い感じのするイタリアだが、自分の家や町並みはきれいに大事にしているらしい。
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