2011年01月07日

続々万座温泉滞在日記A

 朝目が覚めて外を見ると今日も雪らしい。窓枠にはびっしりと雪がこびりついていた。
それから朝の入浴。気持ちがよかった。朝食までまだだいぶ時間があるので、またベッドで横になってゲームをしたりしていた。
noriだけまた入浴に行った。
ようやく朝食の時間になったので、会場へ行く。朝もバイキング。夕食よりメニュー数は少ないが、それほど食べないつもりなのでさほど気にはならなかった。
ここで嬉しかったのは七草がゆが用意されていたこと。これこれ、といいながら二人とも食した。
更にコーヒー・紅茶がテイクアウトできる。それ用のカップも用意されていて、何とも嬉しい心遣いだった。
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2011年01月06日

続々万座温泉滞在日記@

 今回はのんびり温泉のみのツアー。行き先はまたもや万座温泉。だが、今回はホテルが違って初めての所だ。たまには違うところも利用してみようということだ。
 昼食は付いていないので、パンやカップ麺を購入した。今回も荷物はあらかじめ送ってあるので、しかもビールをたっぷりと忍ばせて、身軽な出発だ。
 バスは上野から新宿へやってきた。後ろの方の座席が空いているので、そちらへ陣取った。後方は座席の席間が広いタイプのバスなのですこぶる快適。
 道路はがらがら状態。それは関越に入ってからも同様で、渋滞などとは全く無縁の走行が続いた。
 途中の休憩は高坂SAで。ここもガラガラだった。平日こうして出かけることは殆ど無かったので、こんなに空いているとは知らなかった。
 渋川伊香保のICで高速を降りた。遠くに綺麗に山並みが見えた。
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2011年01月03日

バングラデシュ世界遺産紀行H

 ダッカの空港は、ゲ−トは一カ所しか開いてないので、長蛇の列。試しに水はそのまま持って入ると難なく通過。
 着いた先はコンクリ−トむき出しの寒い部屋。暖めるヒーターがない。椅子も冷たい。数も足りないので、荷物をおいていた人に譲ってもらって座る。
 寒いのに蚊取り線香がほしいと思えるほど蚊が多い。
 案内表示も係員のカウンタ−もなにもない。まさに殺風景な部屋だった。手続きなどどうするのだろうと思っていると突然人が動き出したので、その波に乗る。
 飛行機の入り口で、係員が殺虫剤とおぼしきものを捲き、一人一人の手荷物の持ち手を消毒をした。それでようやく機内に入れた。
 満席だった。
 24時30分の予定が、かなり遅れての離陸となった。ともかくも、これでバングラデシュに別れを告げ、広州を目指す。
 飲み物のサ−ビスにビ−ルを頼んだが、1本で終わりとなり仕方なくあとの一つはお茶にする。
 朝食は、一種類。軽食だ。
 その後はしばらく寝た。
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2011年01月02日

バングラデシュ世界遺産紀行G

 朝はいつもに比べるとゆっくりの起床になった。というよりいつもはnoriが早めに起きて荷物の整理やらお湯を沸かすやらしてくれているのだが、今朝は体のこともあって無理をしなかった。
 昨日添乗員さんから頂いた薬のせいで、かなり良くなったようなので、朝食は無理のない程度に摂った。
 写真の背景には昨日までクリスマスツリーがあったのだが、今朝は撤去されていた。
 最初の観光は、スタ−モスジット。
 門の所で靴を脱いで冷たい石の上を歩く。ここは現地の女性は入ることが出来ないが、我々観光客は特に許されているとか。
 18世紀初期に裕福なイスラム教徒が建設したモスジット。ドームに星型の装飾が施されているため、スターモスクと呼ばれるようになった。庭の池の形も星形になっている。
 元々は3つのドームがある典型的なムガール様式のモスジットだったが、1926年に東側のベランダ部分が、1987年には2つのドームが付け加えられ、現在の姿になった。
 ミハラブも初めの3つから5つに増やされた。それだけ信者の数が増えて入りきれなくなり、祈りの時には庭も人でいっぱいになるそうだ。
 約50年前にモザイク装飾がはやり、地元の商人の寄進によって張りなおしたというタイルがきれいで、中には富士山のもある。イギリスと日本からタイルを取り寄せたせいだという。花模様などで壁も天井も綺麗に埋め尽くされているが、その後増築された部分には何もない。
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2011年01月01日

バングラデシュ世界遺産紀行F

 朝から則の調子がよくない。戻したり下痢症状だったりしたので、朝食は紅茶のみとするつもりでレストランへ行った。
 すると、正月ということで、添乗員さんが雑煮とかかまぼことか黒豆とか、おせちらしき物を用意していてくれたので、有り難かった。junは全て食したが、noriは食べられそうなものだけを口にした。
 今日はこのホテルに連泊なので、休んでいることもできる。そこで、行くかどうか相談したが、noriが大丈夫とのことで出かけることにした。
 今日からマイクロバスになる。一番先に乗る組だったので、一人席を確保。ただ、一番前は空けて下さい、と言われたので、素直にそれに従ったら、後から乗り込んできた人がガイドさんを動かして自分が座ってしまった。押しの強さに負けたと言うことなのだろうが、こうしたことはきちんとしないと、不満が残る。
 ダッカの町は昨日ほど騒然とはしていなかった。まだ人が動き出す準備の段階らしい。新聞少年も働き始めていた。停車している車に近寄って売っているのだが、かなり危ない。そんなことを思って眺めていたら、我々の方にも売りに来た。が、読めない。ごめん。それにしてもめちゃ明るい表情だ。
 市場も準備中。物を運んでいる人たちの姿が多かった。が、さすがにそこは賑わっていた。頭の上にブリキ缶のような物を担いでいるがあの中は魚だそうだ。氷も入っているとか。
 そんな時間なのに、バドミントンで遊んでいる子供たちがいた。バングラの子供たち、クリケットにバレーボール、そしてこのバドミントンでよく遊んでいた。
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2010年12月31日

バングラデシュ世界遺産紀行E

 朝はいつも早い。
 いつものように健康チェックをしてから荷作りをする。いよいよ残す所わずかになって、今日は最後の宿泊地ダッカへと向かう。
 朝食はトースト、オムレツ。代わり映えのないメニューだ。
 今日はまた、バスは後ろの席に陣取る。懲りない面々だ。
 ホテルを出ると白い旗があちこちで目に付いた。選挙ポスターなのだそうだ。人の顔とマークが印刷されていた。このマーク、サッカーボールだったり、鶏だったり、人によって異なっていた。
 舗装道路からガタガタ道に入る。揺れが一段とひどくなる。
 この辺りも畑地帯で、緑緑していた。そこで働く人たちは家族なのだろうか。それとも共同体なのだろうか。
 そんなことを考えながら周りの写真を撮っていると、初めて踏み切りストップとなった。列車が通って行った。これまで線路は何度も目にしていたが、廃線ではなかった。ただ、バスの座席が後ろなのでうまく撮れなかったが。
 ただ不思議なのは、列車が通り過ぎて線路まで来ると、その線路にたくさんの店が並び人々が行き来していたことだ。あの列車はいったいどこを走ったのだろう。
 この辺りは繁華街らしく、たくさんの人と店があった。
 教会もあった。その角を曲がると更に狭くて悪い道になる。バスは道に迫る木の枝を擦りながら走るようになった。
 やがてバナナやサトウキビの畑なども見られるようになる。
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2010年12月30日

バングラデシュ世界遺産紀行D

 夜中寒かった。何とかヒーターを入れようとしたのだが、駄目だったので、靴下を追加して,それでも寒かった。
 二人ともそんな感じでもそもそし始めたので、お茶、コーヒーを飲んで体を温めてから,少し荷作りなどをした。
 朝食は、まあ、このくらいあればいいかという程度。ただ、トーストがあるので有り難い。
 出発時、外へ出ると珍しく雲があった。
 ホテルを出て、マハスタンまではそれほど長い道のりではない。その道すがら、見付けた物は、またもや線路。列車が走っているのはこれまで見ないが、線路は何度もある。この赤い旗は、電車が来ないことを示しているのか、もう廃線になってしまったと言うことをあらあわしているのかは分からない。が、線路は錆び付いてはいないように見える。
 また煉瓦工場も目に付いた。煉瓦工場は各地で目にすることができた。雨期は仕事ができないというので、今がかき入れ時。あちこちの煙突から煙が立ち上っていた。
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2010年12月29日

バングラデシュ世界遺産紀行C

 いつもモーニングコールの前には起きる。ただ、今回は、朝食時間の30分前がコールの時間なので、我が家にとっては遅すぎるせいもある。
 朝へ健康チェックから始まって色々とやることが多い。
 今日もそれらを済ませて朝食会場へ行く。まだ全品は揃っていなかったので、ある物で適当に頂いた。
 最後の写真は、たぶん「シェマイ」というデザート。もっとも現地の人がデザートと思っているかどうかはわからないが、砂糖をたっぷり入れた牛乳の中にソーメンが入っているような感じのもの。震えがくるくらい甘い。残してしまった。
 バスの座席は,今日は一番前。ということでガラスに色が付いているので、写真の色が黄色みがかっている。
 既に町には活気が溢れていた。が、まだリキシャの活動時間ではないらしく、荷車やトラック、バスなどが多く見られた。積めるだけの荷物を積んで、ちょうど運んでいる物が多かった。バナナや、キャベツ、サトウキビなどがあった。
 このトラック、なかなか綺麗に装飾が施されている。リキシャアートから波及した物らしい。
 勿論道路際の店も開いている。通学する学生の姿も見られた。
 途中、バングラへ来て初めて線路も見た。さすがに線路で商売をしている人は見かけなかったが、普通に通路として利用している人たちは大勢見かけた。それほど列車が通らないのだろう。
 バスはジョソールを通過した。本当ならここまで飛行機の移動になるはずだった町だ。が、それに変わるバス移動は、バングラをより知るのにはよかったように思う。
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2010年12月28日

バングラデシュ世界遺産紀行B

 夜中、トイレにも行ったが、そこはスイッチで必ず付いたので、懐中電灯の心配はなかった。ただ、天井から水滴が落ちるので、ドキッとした。その正体は朝に分かった。
 また、寝ずの番なのか、船尾にずうっと一人がいた。
 朝、岸の方からアザーンが聞こえてきた。たぶん近くに村でもあるのだろう。もしかしたら昨日小島の村からかもしれない。あの村にも確か、平屋だが拡声器のついた建物があった。
 起床時間よりも早かったが、電気もついたことだし起きようかとモゾモゾしていると、エンジンが動き出した。もちろん船に電話などなく、モーニングはノックでするとのことだったが、これではモーニングノックがなくても皆起きるはずだ。
 早めに外へ出たnoriが、日が昇ってくると言うので、船尾へ出て、幻想的な夜明けを見た。ただ、かなり靄が深いようで、太陽は見えなかった。
 それでもすでに出漁している船があった。
 テラスへ行ってみると、雨が降ったかのようにイスの上に水がたまっていた。手すりもビッショリだった。夜中のトイレの水滴の正体はこれ。湿気が多いせいだというが、その量たるや半端じゃない。
 小舟も同じ様で、船員さんがゴザを敷いていた。
 このシュンドルボンで、我が家は253個目の世界遺産訪問になる。ということで記念撮影。
 この頃ようやく太陽がうっすらと見えた。
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2010年12月27日

バングラデシュ世界遺産紀行A

 日本時間にして2時30分頃。真夜中をちょっと過ぎた辺りにミニカップラーメンが配られた。勿論おにぎりもあったのだが、我が家の選択肢はこれしかない。隣の外国人も箸を使ってそれを食べていた。
 その後は映画を見たり、ゲームをしたり、居眠りをしたりして過ごす。映画は、日本語版にはこれといったものがなかったので、英語版のを何本もチョコチョコッとかじってみただけだ。
 6時を回るとお手拭きに続き朝食が配られた。
 パン、ハム、チーズ、フルーツヨーグルトという軽食だが、それでも十分だった。
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2010年12月26日

バングラデシュ世界遺産紀行@

 今回は関空集合。荷物も関空まで送ってある。
 つまり羽田から関空までは、自分たちだけでいくことになっている。といっても、ことさら新しいことをするわけではないのでいつもの出発と同じ。切符の手配は、今回世話になる旅行会社でとってもらってある。
 朝はいつもの出勤時間とほぼ同じようなスケジュールで起床し、少し時間をかけて身支度を整えて家を出た。
 今回は、関空出発と行っても、関西での募集旅行なので、関空までは自分たちで行かなければならない。最近考えると、海外は勿論だが、日本国内の旅行も殆どパッケージツアーで済ませている。自分たちで行くのは、箱根の保養所か、避暑にゆく札幌位のものだ。
 それ故に、関空までといえどもかなりおっくうな感じがする。自分たちで選択したのだから文句を言うわけにはいかないのだが、ややストレスを感じてしまう。
 とはいえ、半月あまり前にも羽田に行っているので、何か障害を感じるということはない。前回がANAで今回がJALという違い位だ。最近はめっきりJALからは遠のいていたので、それくらいの要素しかないのだが、それでも無料のカードラウンジのクロワッサン目当てもあり早めに家を出てしまった。
 いつもは新宿での乗り継ぎに時間がとられるのだが、今回は結構スムーズにできた。
 品川からはゆったり座ることができた。
 羽田に着いてからまず、自動チェックインの機械を探して手続きをした。驚いたことにもうほとんどの席が埋まっていて、2人並んで取れる席は一つしか残っていなかったので、選ぶなどということもなくそこにした。
 確かに子供たちはもう休みに入っているとは言え、フライトの2時間も前でこの状態だった。
 チェックインをしてしまえば、預ける荷物もないので、朝食をとるためにいつものようにカードラウンジを目指す。
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2010年12月06日

世界自然遺産 屋久島 三日間 その3

 noriは今日も早起きで、4時前の天気予報を見ていた。屋久島は今日は曇りだが、鹿児島の方はいい天気のようだ。
 5時頃にようやく起きたjunを部屋の風呂に入れて、活動開始。
 荷物は宅急便で送り返すので、できるだけ段ボールに詰め込んだ。土産物はすべて入った。
 朝食の前に会計も済ませた。食事は時間より早く行ったのだが、二番目だった。
 出発時間より少し早めに外へ出ると、すぐに女将をはじめとして仲居さんたちが見送りのために出てきたので、調子のよいjunは早速女将さんと一緒にパチリ。
 お見送りを受けてバスは出発した。
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2010年12月05日

世界自然遺産 屋久島 三日間 その2

 夕べは早く寝たので、noriは4時前に目が覚めてしまった。テレビを付けてみると天気予報の中で、添乗員さんが言っていた、桜島の風予報というのを見た。これで洗濯などの計画も立てるらしい。確かに地元の人にとっては、大変なことのようだ。
 そのテレビだが、地デジ対応のものだった。補助金が出ている間に買い換えたのだろうけれども、まだまだ対応が遅れている地域の方が多いように思う。このこの島がかなり潤っていることが垣間見てとれた。
 それから6時近くなったので、junを起こして部屋の風呂に入った。大浴場は、6時からと言うこともあるし、温泉でもないのだからここでもいいだろうというのが二人の結論だ。
 それから、やや早めに朝食会場へ行く。途中、フロント前にあるパソコンを使わせてもらった。朝食は、いつものことなのだが、一番乗りで食べさせてもらった。
 出かける頃ちょうど川向こうの山頂から太陽が顔を見せた。今日が観光のメーンの日、といっても実質観光は今日だけといってもいいだろう。前後の日は単に行き帰りという外国旅行並みの日程だ。
 今日はガイドさんが付く。このガイドさんかなりの勉強家で、地元の人ではないけれども、非常に詳しくいろいろなことを説明してくれた。切り立った岩の山や、紅葉がちらほら見られる山などのことや、屋久杉のことなど。中でも、屋久杉の生態など、ここで教えていただいたことが次のヤクスギランドの観光に非常に役に立った。
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2010年12月04日

世界自然遺産 屋久島 三日間 その1

 いつもよりも少し早めの4時45分に起床した。昨日junは秩父の夜祭りに出かけたので、昨晩はだいぶ遅い帰宅だった。したがって我が家は遅寝(おそね)早起状態での旅立ちだった。
 といっても支度が早くできあがってしまったので、幾分か予定よりも早く家を出た。まだ冬の日は昇っていない。駅の到着するとちょうど運良くすぐに電車が来た。電車はけっこうな乗車率で、乗ったときのは座る場所がなかった。新宿からの山手線は運良く座れた。
 品川ではガラガラの電車に余裕で座ることが出来た。が、途中から結構な乗客があり、かなり混雑してきた。
 羽田空港着。今回は現地集合のようなものなので、カウンターへ行けばすぐに搭乗券が受け取れるのかと思っていたのだが、そうではなかった。やはり集合時刻というものがあったので、まずはカードラウンジで時間をつぶすことにした。
朝のこの時間はクロワッサンが用意されているので、それを朝食とするのが我が家の常だった。
 コーヒーなどと共にそれを食した後、カウンターへ行って搭乗券を手にして、保安検査場を通過した。今回の搭乗口は新しく拡張された部分で、保安検査場からかなり遠かった。
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2010年11月29日

バングラデシュ ビザ

 暮れから正月にかけて、バングラデシュへ行く予定でいる。ビザを確保しなければならない国の一つ。はじめにネットで申請書をダウンロードした。
 次に、地球の歩き方を見ながら申請書を記入する。二人で一項目ずつ確認しながら書いていった。なのに、間違えてしまって、2枚目で一応完成した。
 今回入国する時間が、日にちを跨ぐか跨がないかというギリギリの時間なので、そこで迷ったのだ。
 次に写真を用意しなければならない。37mm×37mmというかなり特殊なサイズの物を3枚。
 パスポートサイズならば,その辺りの証明写真撮影の機械で済むのだが、このサイズはなかったので自分たちでデジカメで作成した。
 が、この写真サイズ、後日大使館へ行って他の人のを見たら、枠から大きくはみ出していてもOKで、受け取ってもらえていた。
 大使館へ申請に行く。申請の受付は9時から11時30分まで。ということで、junが一人で行くことになった。この国は、代理人でも委任状なしで受け付けてくれるからだ。
 目黒からバスに乗り換えて4つめ。バス停から1,2分の所にある。国旗が出してあるのですぐに分かった。
 前もって入口は二つあると聞いていたので、これもすぐに分かった。手前の建物は現地語しか書かれていなかったが、奥の建物の方には日本語で表記してあった。
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2010年11月14日

福島11月の紅葉の旅A

 5時頃に目を覚まし、すぐに風呂に行った。既に人がいた。が、ここの浴場はとても広いので、窮屈になることはない。ただ、洗い場の数が少ないのが難点。なぜか皆洗髪するので、一人の占領時間が長いので、そこにだけ人のかたまりが出来る。
 今度はやや明るくなってきていたので、露天にも出てみる。こちらの方が温泉っぽい色をしている。温度もやや高めだが、空気が冷たいので気持ちがいい。目の前には檜原湖が広がって見える。
 これで他に人がいなければ写真でも撮るのだが、さすがにそうはいかない。 
 それからいったん部屋に戻ってゆっくりした。
 その後また入浴。出発がゆっくりなので、こういうことが出来る。
 その時、junはガラスにへばりつくようにして外を眺めてみると男湯の露天が見えたのでびっくりして戻るときに滑って転んでしまった。確かに滑りやすいので注意、という注意書きはしてあったが、誰も滑ることなく自分もそういうことがなかったので油断した。確かに滑る床だった。やや膝を痛めた。
 それから部屋には戻らずに朝食へ行った。既にほぼ満席の状態だったが、端の方に席を見つけて食事することが出来た。
 部屋に戻ってから荷物をまとめて、会計を済まし、少し散歩に出た。
 磐梯山が綺麗に見えた。
 目の前に五色沼の入り口があるので、そちらへも行ってみた。柳沼へ行ったが、紅葉は既に終わったようで、あまり綺麗ではなかったので、先へ行くことはせずに戻った。
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2010年11月13日

福島11月の紅葉の旅@

 紅葉にはやや遅いかもと思いながら、都合の付く日がこの日だったと言うことで出かけた旅行だった。
 ゆっくり出発早めの帰着というのも選んだ理由の一つになっているかも。それなりの歳になったと言うことだ。
 おかげでいつものように起きて、食事をとってから家を出た。
 集合場所の新宿は、遅いせいかガラガラの状態だ。受付を済ますと程なくバスがやってきた。今回は上野からの乗客の方が多く、新宿からはガラガラだった。
 途中、酉の市の熊手を飾っている花園神社や、建設途中のスカイツリーを見た。酉の市は今年は2回、1回目はこの7日に終わって次は確か19日だ。スカイツリーは、見るたびに高くなっていく。
 我が家の席は後ろから3番目。座席幅の広い席だったのでゆっくり出来た。
 途中の安積PAで、昼食を摂った。今回は2日とも昼食が付いていないのだ。
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2010年11月06日

ゴッホ展に行ってきました

gogh1.jpg 2010年10月1日〜2010年12月20日まで国立新美術館(六本木)で開催されている『ゴッホ展−こうして私はゴッホになった−』を見て参りました。

 会場はすこぶる混んでおり、前日金曜の夜の延長時間帯に訪れた東大寺展のゆったり感とはだいぶかけ離れて、人混みの中での鑑賞になりました。

 それでも、内容的には充実していたと思います。タイトルにもなっているように、忠実に(おそらくは母国オランダのゴッホ博物館がそうだからだろうと思われます)彼の画家としての足跡をたどっている展覧会です。このウェブページは今回の展覧会の概要をこれまた忠実に伝えており、あらかじめこれを見ていったので、よかったと思います。
 ゴッホと言えば、我が家の今月のカレンダーにもなっている「夜のカフェテラス」などが有名で、炎の画家とも称されますが、その筆遣いが独特で、日本での人気はおそらくはトップクラスの画家だと思います。

 それ故の混雑でしたが、時間的に余裕があったので、詳細に見ることができました。(それにしてもこの国立新美術館、展覧会を開催するようにできていないと本当に思います。来館者のことをわかっていない!構造です。設計した人誰なんでしょうか?)

gogh2.jpg 特にゴッホが晩年に病んで入院した病院を近年訪れるチャンスがあり、また有名な跳ね橋のあったアルルも訪れているので、興味も倍増でした。(彼の描いた跳ね橋そのものは残っていないが)平均的な日本人として、あるいはそれ以上にゴッホには我々もまた関心がある。

 左はごゴッホ美術館所蔵のアイリス。晩年の作品です。

 その生涯を今回初めて学んだ気がする。
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2010年11月05日

東大寺展に行ってきました

toudaijiten.jpg 東京国立博物館で開かれている(2010年10月8日〜2010年12月12日)東大寺展(正確にはもっと長い、光明皇后1250御遠忌・・・と続きます)に行ってきました。

 国宝も八角灯籠、良弁僧正坐像など何点かありましたが、比較的地味な展覧会でした。もちろん大仏を持ってくるわけにも行かないので、それはバーチャルでしか表現できません。

 またタイトルの一部になっているように、光明皇后のゆかりの品々も展示されており、その当時の日本に伝わってきている教典のほとんどすべてだろうと言われる写経も一部が展示されておりました。


toudaijiten2.jpg その中で、一番の関心は、東大寺大仏開眼供養の際に聖武天皇光明皇后夫妻をはじめとしてそこに列席した人々と大仏とを結び、その功徳の一端を分け与えたであろう、「ひも」が展示されていたことです。展示物は紺色がかったものですが、このひもが開眼供養の日と現代をも結びつけているようで、少し感動しました。ただ残念ながら期間限定と言うことで、展示は11月21日までとなっています。

 この日は東大寺のお坊さんの話も聞けたのですが、東大寺展とあまり関係なく、また話も失礼ながらお上手でなく、ちょっと退屈してしまいました。こちらに仏教の信仰心や、興味がなかったせいだろうと思います。
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2010年10月31日

11月に入る前に9月のオーストリア完成

 昨日のブログと重なりますが、昨日二人でチェックをして、一応順番に並び写真の整合性もとったので、完成としました。

 何とか公開できる感じになったかなぁという程度です。今回もGPSに基づく地図はロシア版と同様にありません。生産性を高めた為で、データ自体はあるのですが、今回は町歩きも多かったので、自身としても残念です。
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